そしてクリスマスを数日後に控えたある日、先輩は俺にこうメールしてきた。
 
“クリスマスの事だけど、イブが休みだからイブにしような!
んで、家飲みしようぜ!惣菜とか買って、お前の家で!”

…と。 なんと自分勝手な…

だけどこの時期に男二人で外でディナーと言うのはかなり気まずい。 

まぁ仕方ないか…。と思い「了解です」と短く返事を返す。 

あれから先輩は彼女を作る気配もなく、コンパにすら行っていないようだった。

彼女と別れて寂しいと言っていた割には仕事は絶好調で、
年明けから始動する新規のプロジェクトを任されるようにもなっていた。

本当に仕事はできるので、その点は俺も見習わなくては…と思う。 

「森さん」 

「はい、なんでしょうか?」

最近、あまり話した事のない女の人に話し掛けられる事が増えた。 

理由は簡単だ。

先輩に直接聞くのは気が引けるから、席が隣の俺に探りを入れて来る。

そして俺が使えそうな奴ならパイプ役にしたいらしい。 

最初は先輩が彼女と別れた噂は本当か確認されたりしていたが、最近は… 

「須賀さんのクリスマスの予定ってご存知ないですか?」 

この手の話題が多い。

だからクリスマス関連に関しては
(席は隣なのだが)わざわざメールでやり取りをしているのだ。 

「さぁ…本人に聞いてみて下さい」 

別に先輩に何かを言われたわけではないけど、
何となく本当の事を言うのは気が引けて、知らないふりをしてしまう。

「あ、じゃあ、須賀さんに新しい彼女が出来たって言うのは本当ですか?」 

「え…そうなんですか?」

思いがけない質問に、つい素で返してしまった。

「その様子だと、本当に何もご存じないみたいですね。
すいません、お仕事中に…お邪魔しました。」

彼女は、もうお前に用はないと言わんばかりの速さで俺の席から離れていく。

ドアが開き、彼女と入れ違いに先輩が戻って来るのが見えたと思ったら、
明らかに俺に対する声のトーンとは違う“お疲れ様です"の声が聞こえて来た。

女の人って凄いよなぁ…

「あれ、森ってああいうのがタイプ?」

「何でそうなるんですか?」

席に座るや否や良く分からない事を言い出す。

「いや、こっち見てたからさぁ…
目で追いかけるって事はちょっといいなぁと思ったとかかなぁって」

「いえ、全く。」

「即答かよ!あー、俺お前のそういう所嫌いじゃないんだよねぇ。
やっぱ男子校で育ったからかね?女性に対して気の遣えない感じ!」

「いや、だって、そんな所で気を遣ってどうするんですか。」

「女性の情報網って凄いからね。下手な事言うと裏で何言われるか分かんないよ?」

「俺、好きな相手に誤解されなきゃ何でもいいです。」

俺がそう言うと、先輩はまた少し寂しそうな顔をして遠くを見た。

「……ホント、お前に好かれたやつは幸せだろうな…」

俺に好かれて幸せそうじゃない人が目の前に居るんですけどね。

「前も言ってましたけどなんなんですかそれ、俺、先輩の事割と好きな方ですよ?
…でも、だからって先輩は今幸せじゃないんでしょ?」

どさくさに紛れてほんの少しだけこの軽口に自分の感情も上乗せしてみる。

「だって、お前の今言ってる好きはLikeだろ?俺はLoveが欲しいわけ。」

Like… Love… ここで黙ってしまうのはおかしいとは思うのだが
自分の感情に自信の持てない俺はこの言葉に黙ってしまった。

「………」

「森…?」

「やーん、須賀さんがLoveって言ったのが聞こえちゃいましたぁ!
二人で何の話してるんですかぁ?」

ほんの少しの沈黙を破った彼女の名前は堀田美加。

最近特に先輩の動向を探っているうちの一人だ。

彼女も最初は俺をパイプ役にしようとしていたうちの一人だったが、
俺が役に立たないとみるや自ら積極的にアプローチしている。

最初からそうすればいいのに…

「ああ、今愛について語ってたんだ。」

なんだこのキザな言い方。背中に花が咲いたような幻覚が見えそうだ。

「えー!私も須賀さんと愛について語りたいなぁ!」

「また今度ね!さ、仕事仕事〜!」

「あ、じゃあ最後に一つだけ!新しい彼女が出来たって本当ですか?
皆噂してますよ!今までは彼女が居ても飲みに付き合ってくれたのに、
最近はいつも断られるから今回は本気なんじゃないかって!」

この子の事を俺は本当に凄いと思う。良い意味でも悪い意味でもだ。
自分が好きっていう気持ちだけで相手の心に踏み込んで行けるこの鈍感力。

「うーん皆には内緒にしてて欲しいんだけど、今回は俺、片思いなんだ!
だから、女の子と遊びに行かずに誠意を見せてる最中なの!」

彼女の不躾な質問に、にこっと笑って答える先輩。

先輩の言葉に俺は納得していた。ああなんだ。そいういう事か。
最近俺とよくつるむようになったのはそういう事だったのか。

「ぁ…そうなんですか…し、失礼しました。」

きっとそんな事ないよーと否定してくれると思ったのだろう。
彼女は強張った表情になり、肩を落としてこの場を離れた。

「そういう事なら教えてくれても良かったのに…
確かに女の子と飲みに行くより、男の方がいいですもんね。相手はどんな子なんですか?」

しかし、いつの間にそんなに本気になれる相手に出会ったのだろうか?

「え?あぁ、うん…そうだな。いや、でも…うーん
ここではちょっとな。お前の家に行った時に話すよ。」

珍しく歯切れの悪い言い方だった。そんなに慎重になるような相手なんだな。
全くショックじゃないと言えば嘘になるが、それでもこの人が真っ当に人を
好きになれたんだから、良かった。と思う事にした。










 
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