クリスマスイブ当日。
俺は先輩にその好きな女の子を誘わなくていいのかと聞いたのだが、
大丈夫!と笑顔で返されてしまった。
まあ、相手にも都合があるだろうし、本人が良いと言うならいいのだが…
「わー!綺麗にしてるなぁ!」
俺の部屋に入った第一声がそれだった。
「そりゃ、客が来るって分かってたら片付けますよ。」
「そっか。
わー!こたつがあるー!最高ー!んじゃー早速〜」
と言うやいなや、こたつに入り、持って来た袋からシャンパンを取り出した。
「ちょ!いきなり!?」
「堅い事言うなよ〜!せっかくのクリスマスイブなんだしさ!
俺は今日はとことん酔っ払うって決めてんだよ!」
「はぁ…ほんと、顔と仕事以外は本当にダメな大人ですねぇ…」
「男は顔が良くて仕事が出来たらそれでいいんだよ!」
「そうですか…」
「そうですよ〜」
普段から決してしっかりしているタイプではないけれど、
プライベートでのこの人は本当にグダグダだ。
「とりあえず、酒はもうちょっと後にして下さいよ。
大したものじゃないけど、出来合いばっかじゃ味気ないと思ってポトフ作ったんで、
せめてそれ温めるまで待って下さい。」
意外と料理をするのが好きで、
一人暮らしを始めてから出来るだけ自炊をするようにしているのだ。
「えー!何、お前料理出来んの!??凄いな!」
「凝ったものは作れないですけどね、切って煮るくらいなら出来ます。
あ、せっかくだから買ってきた惣菜も皿に盛り付けましょうか。」
「おう!じゃあ、それくらいは手伝うよ。」
そう言ってこたつから出ると、決して広くないキッチンに男二人で並ぶ。
サラダやチキン、温まったポトフをこたつの上に並べて差し向かいに座ると、
さっき空けそびれていたシャンパンの栓を抜き、グラスに注ぐ。
安物のグラスでも、テーブルの上が華やいでいるのでそれなりに見えるもんなんだな。
「ではでは、今度こそ、メリークリスマス!!」
グラスがカンッと音を立ててぶつかる。
先輩は一口シャンパンを飲むとプハー!っという、
なんともクリスマスの雰囲気に似つかわしくない声をあげた。
それから俺の作ったポトフを食べて美味いと何度も褒めてくれたのだ。
それが凄く嬉しくて、彼氏に手料理を食べて貰う女の子の気持ちは
こんな風なんだろうか…と思ったのだった。
「なんか、こういうのって、いいなぁ…」
腹も満たされ気持ちよく酔いがまわって来た頃、
唐突に、ふにゃっとした笑顔で先輩がそう言うから、ドキッとしてしまった。
俺は本当にこの人の笑顔に弱いんだ。
こんな風に無防備に笑った時の笑顔なんか特に。
「俺さ、彼女と二人でクリスマス過ごした事ないって言ったじゃん?」
「あ、はい…」
泡の起ち上るグラスの中身を見つめながら、少し赤くなった顔で呟くように
話始める先輩の表情は、少し寂しそうだった。
「俺が今まで付き合ってた女の子ってさ、みんな高級そうなレストランで
食事して、ブランドもののプレゼント貰って…って、そういう感じの子ばっかでさ。
あったかい雰囲気を好むような感じじゃなくてさ…
でも俺、本当はこういうのが理想なんだ!二人でキッチンに立つとか本当に憧れてた!」
確かに、先輩の周りに群がる女の子達は割と派手な子が多いようだった。
「俺、見た目がこんなんだからさ、付き合うとイメージと違ったみたいで
皆離れてくんだよね。俺、本当は二股なんかした事ないよ。」
「え?」
「二股されたのは俺の方。
でも皆、俺が二股されたなんて言っても信じてくれないだろ?
だからもういっそのこと、俺が二股かけてた事にしたんだ!!
したらまぁ〜皆何の疑いもなく信じるんだもんなぁ〜。ま、仕方ないけど。」
明るく話してはいるが、いつもの笑顔ではなかった。
全然仕方ないなんて顔をしていない。
視線は決してグラスから離れず、薄く微笑んでいるだけだ。
俺は、周りの噂を鵜呑みにして、そういう人なんだと決めつけていた。
先輩はどんな思いで自分が二股をかけていたなんて偽っていたのだろうか。
…俺もこの人に群がる女の子達と一緒だったんだ。
そう思ったらなんだか自分が無性に愚かな人間に思えて来た。
「お、俺…何だかすいませんでした。」
「俺、本当にお前と居ると楽しいんだよなぁ。」
謝った答えがこれだったので、俺は「は?」と間抜けな声を出してしまった。
「女の子達の誘いも全部断って、お前と居るのは何でだと思う?」
グラスから視線を外すと、先輩は真っ直ぐに俺を見つめて来た。
その眼差しにドキッとする。こんな風に見つめられたのは初めてだ。
「彼女に振られたから………ってわけじゃ、なかったんですね?」
「うん……俺さ…誤解されたままが辛いのなんて初めてだよ。
今まで、何でも良かったんだ。俺の見た目が好きって言われるのも嫌じゃなかったし…
だけどさ、お前のそのロマンチストな所とか、真っ直ぐな所とか
いいなぁって思ったら、今までクリスマスに一緒に居たいと思った相手なんか居なかった
のに、お前と一緒に居たくなっちゃってさ…
………もし、俺がお前の事……」
そう言ったきり、先輩は黙ってしまった。
いくら恋愛経験のない俺でも、こんな風に言われたら“そういう事”だと理解出来る。
もし、本気で“そういう事”なんだとしたら…
「先輩…俺、今までは先輩に他に好きな人がいても仕方ないと思えてたんですけど…
ていうか好きの感情が、先輩の言うLoveなのか分からなかったんですけど…
たった今から仕方ないと思えなくなったし、やっぱりこの気持ちはLoveでした。」
「な…なん、だ…よ…」
俺の言葉に、先輩は顔を真っ赤にした後、精一杯のため息を吐いた。
「っはあ〜〜〜…早く言えよ…俺…お前に気持ち押しつけていいのか、すっげぇ悩んで…」
でもその顔がやけに嬉しそうで、その顔を見て俺も凄く嬉しくなってしまった。
「いや、俺だって先輩にそういう対象に見てもらえてるなんて思ってなかったし…」
「いや、そうだよな…でも俺、本当に悩んでてさ…。
それに、もし上手く行ったらさ、お前誰とも付き合った事ないって言ってたから、
もう一生童貞になっちゃうわけじゃん…」
「………は?」
この人は一体何を言ってるんだ?
「だからさ、お前のムスコは一生出番がなくなるわけじゃん…」
………ま……まさか…俺が……
「お…俺が…女の子側?」
先輩は俺の問いに満面の笑顔で頷いた。
や…それはない…だって俺の方がこの人より背も高いしがたいも良いのに…
「あぁ、やっぱりサンタさんはいたんだぁ。こんなに大きなプレゼントが貰えるなんて!」
そう言うとさっきまでのしおらしい態度はどこへやら、先輩は俺との間合いを詰めて来る。
「ちょ…」
「いいか、森。お前の初めてを貰う代わりに、俺の人生初めての本気をくれてやる。」
「え…ぁ…あの…」
俺に反論する隙すら与えず、先輩の顔が目の前に迫る。
後頭部に手をまわし、強引に引き寄せられる。
「ちょ…!!!!んん〜〜〜!!!!!」
こうしてめでたく俺は人生初の恋人を手に入れたのだった。
いや、、、正確には人生初の恋人に、手に入れられたのだった…
静かな夜も、聖なる夜も、俺には縁がなかったようだ… ← novel index top |