6


走り寄ろうとしても足が動かないし、手を伸ばしても届かない。

俺に向かって母さんの口元が動いているけど、
何を言っているのか聞き取れないし、口の動きがはっきりとは見えない。

どうにかして聞きとろうと必死になっているうちに、
どんどん離れて行ってしまう。

待ってよ、母さん・・・

何て言ってるの?母さんっ!!

“希”

今度は後ろから声がした。


“希”

シャナの声だった。

振り返ってシャナに母さんの様子を話そうと振り返ると、
シャナは腕の中に何か大事そうに抱えていた。

“希、おいで。そこに居てはいけない。
私のもとにおいで、お前がいなくては、私もこの子も、生きていけない。”

この子?

シャナが抱えていた何かから、小さな小さな手が見えた。

もしかして・・・でもまさか・・・

急いで自分の腹部を確認したら、例のあの模様が完全な模様として
浮かび上がっていた。

まるでとげのような、翼のようなものが円を描いていた。

その小さな手がまるでおいでおいでをしているように揺れた。

「・・・・っあ!」

「希!!目が覚めたか!!?」

頭が割れるように痛い。

一体どうして・・・あの夢は一体・・・

「希・・・ああ、良かった!!この数時間、生きた心地がしなかった・・・
よく、よく戻って来たな」

「ぇ・・・?」

「なぜあの姫からの花など受け取ったのだ・・・」

「どう・・・してっ・・て・・・反省、してるみたい、だったし・・・
手紙にも、謝罪の言葉が書かれていたし。」

俺が質問に答えると、シャナはひとつ大きなため息を吐いてから
言葉を続けた。

「あの花に毒草が入れられていた。恐らく花を運んだ者も姫の息の掛った者だろう
普通は花でも調べられてからでないと持ち込まれる事はない。」

毒?そんなまさか。

だって部屋に飾っていただけで別に口をつけたりしたわけじゃない・・・

「た、食べたりしてないよ・・・」

俺がそういうと、先生がその事について説明してくれた。

「花粉に毒がある花が混ぜられていたのです。
30分程度なら少し頭痛がするくらいで済みますが、
それ以上は時間が経つごとに体内に吸収され、下手をすれば命も危なくなるものです。」

「あ、俺、物凄く眠たくなって、寝てしまったから・・・」

「ええ、ご懐妊されれば眠気が増します。
もしかしたら、その事も考えてあのような花を栄華様に贈られたやもしれませんな。」

そこまで聞いて、お腹の子供の事を思い出して血の気が引いて行くような感覚が襲ってきた。

「あ、あの、それで、お腹の子供には何か影響は!!?」

「心配ないそうだ。」

そう言ってシャナが俺の肩を抱きよせながら隣に腰かけてくる。

肩越しに伝わるシャナの手のひらが冷たくなっていた。

きっと、物凄く心配をさせてしまったに違いない。

俺が、もっと警戒心を持って、色んな事に注意しなければいけなかったんだ。

なにより、このお腹の子に何かあってからでは遅い。

「心配かけてごめんね、俺がもっと注意していればこんな事にはならなかったのに」

「お前が謝る事ではない。こんな愚かな事をしでかしたジェナス姫には、
それなりの償いをしてもらわねばならないが・・・」

「償いって・・・?」

「私が直々に手を下してもいい。もちろん命をもって償ってもらう」

「えっ!!?」

そりゃ、一歩間違えば俺は死んでたかも知れないし、
なによりこの子の命も危なかったに違いないんだけど・・・

俺のせいで命を落とす人がいるんだと考えただけで、なんだか物凄く恐くなった。

「命でなんて・・・」

「お前はそう言うと思っていたが、これを許す事は出来ない。
私個人としてもそうだが、今回の事は国としても許すわけにはいかないんだ。
私の隣に立つという事は、そういう立場に居るという事だ。」

「・・・」

そう言われて、俺は何も言えなくなってしまった。

客観的に考えれば、王様と結婚するような人を危険な目に合わせれば

命で償う事も理解出来るような気がした。

でも、それを自分に置き換えてみるとすぐに納得出来そうにない。

「希、お前の命はお前が思っている以上に重たいものだ。
私も自分の“王”という肩書き故の命の重たさに苦しむ事がある。
同じ思いをさせる事になってしまうだろうが、分かって欲しい。」

俺はこれ以上何も言えなくなってしまい、顔を伏せてしまった。

「希、この話はまた後にしよう。今は何も考えず休みなさい。」

そう言われたけれど、何も考えないなんて無理だ。
横になってみても、心がざわついて落ち着かなかった。






希にああは言ったものの、内心はそんな建前などどうでも良かった。
自分が王であろうとなかろうと、希に手をかけようとする者の存在を許すなど
絶対に出来ない。

「ハウエル」

「ここに・・・」

「あの姫を至急王宮の詰問室へ連れて来い。
逃げられないように屋敷の周りを兵士に見張らせ、
もし逃げようとすればその時は・・・お前に任せる。」

「御意」

「ああ、あの姫の事だ、私の直筆の召集状を見せろとでも言って来るだろう。
これも持っていけ。」

そう言ってハウエルに一通の封書を託す。



“ジェナス=アルーラ
王妃並び、世継ぎの命を危険に晒した疑いにより至急王宮に来られたし”




「これはどういう事ですの!?私はただ、お花を差し上げただけですわ!!
それに、世継ぎとはどういう事です!!?」

王宮の詰問部屋に通されたジェナス姫を自ら詰問する。

本来ならば王が自らなどあり得ない事だが、希の事となれば話は別だった。
そして腐っても彼女は“姫”と呼ばれる立場にある。
調べを受けずにあのような危険な花を王宮の内部に持ち込めたのだ。
その時と同じように、内部の人間を上手く利用し、
あらゆる手を使って言い逃れを計るだろう。

そして、この事実を突き付けられるのは、私一人だ。
この事実を知る人間の中に王族への詰問権を有している者はいない。

「公にはされてないが・・・希はすでに懐妊している。」

その一言に、彼女の顔から一気に血の気が引いていく。

「そ・・・そんなまさか・・・そんなこと・・・」

「ええ、この事はごく一部の人間にしか知らせていません。
しかし、希の命を狙った者にとっては大きな誤算だったでしょうね。
王妃並び世継ぎの命を狙うなど、ただでは済まされない。」

「っ・・・・・・・!!」

ジェナス姫はそれ以上言葉が続かないようだった。

子供はもちろん大事だ。
それが栄華であるかもしれないと言うならば尚更。
しかし、そんな事は抜きにして、希の命を危険にさらした事は
死をもってしてもまだ余りある愚行だ。

「それに、今回の件、犯人一人の命ひとつで済む話ではない。
そうは思いませんか?」

「それは・・・」

彼女が口籠っている間にも、さらに言葉を発する。

「私は希を傷つける者は決して許さない。
それが王族であっても、たとえ神であっても」





 
novel index
top