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先生の手は震えていた。

「先生、何か、問題が??」

恐る恐る聞いてみると先生は我に返ったように俺の手をぎゅっと握りしめた。

「おお、栄華様!!」

一体何だって言うんだろう?
俺の手を握る力がどんどん強くなってくる。

「私、生まれてこの歳まで生きて来た甲斐がございました。
まさか私の生きているこの瞬間にこのような奇跡に遭遇出来ました事
何よりも幸福な事にございます。」

「まさか・・・」

シャナもが息を飲んだ・・・

「大地に愛されし、生を受け、存在する事こそが栄華!!
この時代、この世界に栄華と呼ばれる存在が2人!」

「伝説だと思っていた。
異世界から遣わされたものではなく、この世界に生まれながらに
して栄華と呼ばれる者が存在するなど。」

俺はさっぱりわけが分からなくなっていた。

シャナも先生も、何を言っているんだろう。

俺の身体が、ちゃんと妊娠出来るようになっているのかの確認で
診察を受けているのに、この2人はさっきから一体何を・・・

「ああ、それにしても、このように順調な事は本当に稀でございます。
やはり栄華様はこの国になくてはならないお方だ!
おめでとうございます!微力ながら精一杯お世話させて頂きます。」

「え?おめでとうってことは、
俺がちゃんと妊娠出来る身体になったと言う事?」

順調に準備が整っているらしい事に俺はほっとした。

「何を仰っているのです!」

「え?」

先生が満面の笑みを浮かべていて、隣に立っているシャナの顔も
ものすごく嬉しそうだ・・・

「ご懐妊でございますよ!」

「え・・・」

まさかの言葉に俺は自分の耳を疑った。

「え!!?だってまだそんなに日も経っていないのに!?」

「ええ、ですから私も驚いて、先ほどは言葉が出てこない程でした。」

「この赤い線がありますね。
ここ、ちょうどへその下の所で線が二つに割れ始めているのがお分かり頂けますか?
産み月になる頃にはこの赤い線はへそを一周ぐるりと囲み、円になります。
この二つに割れ始めたことで妊娠しているかそうでないかが分かるのです。
この線はお子様の状態を計る事の出来る目安になります。
これからも良く注意して見て下さい。」

「それと希、この二つに割れ始めた線の両端に爪の痕のようなものが2つあるだろう?」

シャナが俺の隣に腰かけ、模様の部分を指で指す。

「これは普通では出ない線なんだ。
まだはっきりと決まったわけではないが
これから少しずつこの線が形を変えていくだろう。
まるで模様のように円の周りを取り囲んでいく・・・
これこそが、栄華を身籠った印なのだ。」

「栄華を?」

「異世界から来た人間でなく、生まれながらにしての栄華だ。
栄華が必ず栄華を産めるわけではない。
しかし栄華は栄華からでなければ生まれて来ない。」

「希・・・私は今までも、この国が誕生して以来
最も幸福な王だという自覚があった。お前が私の元に降り立ったあの日から・・・。
だが、お前はいつでも今以上を与えてくれる。」

シャナの話はこう続いた。
今はもう伝説とまでなってしまった程に遠い昔にあった出来事。

当時その時代に降り立った栄華も子を授かり、そして産んだ。
子供が生まれたその瞬間から信じられないような幸運な出来事ばかりが続き、
いまだかつてない程の繁栄を築いた時代があったと・・・

シャナの話を聞く限り、この世界で栄華が生まれるというのは余程稀な事らしい。

俺はもちろん子供が出来た事は嬉しかったけれど、でも、それ以上に
責任を感じていた。

この子をなんとしても無事に産まなければいけない・・・

 

 

この世界に来てからずっと思ってきた・・・

俺が皆のために、この世界のために自ら動いて何か出来た事なんてあっただろうか。

皆が俺を栄華だと言って大事にしてくれているけど、
俺はその栄華だという自覚が持てずにいる。

ずっと自信がなかったんだ。

だから、この子が無事に産まれて、この子を立派に育ててあげられたら・・・

そうしたらやっと、この世界に何かを残せるような気がする。

自分が“栄華”だと呼ばれても許されるような自分になれる気がする。






俺の懐妊の知らせはごく一部の人間にしか知らされていなかった・・・

ただし、その一部の人間にも、子供が
栄華であるかもしれないという事は伏せたままだ。

余計な混乱を招かないためにも、その方がいいとの判断だった。

もちろんその一部の人間にはユリやハウエルも入っていた。

ユリもハウエルさんもとても喜んでくれて、
特にユリは同じ世代の子供を産めると言う事を誇らしく思うとまで
言ってくれた。

「俺も、ユリがいて嬉しいよ・・・
色々相談したり、協力しあってお互い無事に子供を埋めたらいいね!」

そういうと、ユリは

「はいっ!!」

と嬉しそうに頷いてくれた。

俺より前に妊娠が発覚したユリのお腹は、もう膨らんで来ていた。

十月十日なんていう俺の知識はどこかに吹き飛んでしまうような
速さで子供が生まれるらしい。

異世界なのだから色んな不思議な事が起こっても
おかしくはないのだが
(現に男性でも妊娠できるという事が不思議だ)
生まれるまでの期間も個人によってだいぶ違うらしい。

極端な話、1ケ月で生まれる事もあれば8ケ月で生まれる事もあるらしい。
成長のスピードが一律ではないのだそうだ。
とは言っても大体の人は4ケ月〜6ケ月で生まれる。

ユリは平均的に5ケ月後が予定日だそうだ。

俺の部屋で話をしていると、ドアをノックする音が聞こえて来た。

ハウエルさんがすっと立ち上がり、ドアに近づいて行く。

「希様、私が出ますので、どうぞそのまま・・・」

「あ、はい。」

ドアの隙間から傭兵の姿がちらりと見えた。

「栄華様にお届け物でございます。」

「どこの誰からの物だ??」

「ジェナス姫様からのお花とお手紙でございます。」

「ジェナス姫・・・?」

ジェナス姫という言葉が聞こえて俺の身体が無意識ピクリと揺れた。

「分かった、私が預かろう。ご苦労。」

そう言って荷物を受け取ると、ハウエルさんは
ゆっくりとドアを閉めた。

「ジェナス姫からですが、いかがなさいますか?
この間の一件もありますし、捨てて参りましょうか?」

ハウエルさんの手に握られた花と手紙を見ながら
少し考えたが、捨ててしまうのはやはり気が引けたので
受け取る事にした。

「いえ、花が悪いわけではないし、
それに、手紙も読まずに捨てるのは少し申し訳ないので・・・」

「では花はこちらに置いておきます。手紙はこちらになります。」

ハウエルさんは花を窓辺にある小さめの机に置き、
手紙を渡してくれた。

俺は封筒の封をやぶり、ゆっくりと手紙を取り出した。

そこには謝罪が書かれてあった。

この間の無礼を詫びる内容だった。

そりゃ、ずっと想って来た人が知らないよそ者と結婚なんて知ったら
普通驚くし腹も立つはずだ。

それでもこうして謝って来てくれるのだから、悪い人ではないのかな。
そんな風に思えた。

花は香りの強い少しグリーンがかった白い花だった。

早速花瓶に水を入れ、飾ってみた。

 


「それでは希様、私共はこれで失礼致しますね。」

花を眺めていると、ユリとハウエルさんに声をかけられた。

「あ、うん。訪ねて来てくれてありがとう。
シャナがあんまり出歩くなって言うし、暇してると思うから
またいつでも声掛けてね。」

「はい。動かなさ過ぎてもいけませんから、一緒に庭を散歩致しましょう。
王もそれくらいはきっとお許しになると思いますし。」

「うん、そうだね!ありがとう。」

 

二人が去った後、俺はさっき読んだ手紙を引き出しにしまい、
ベットに腰かけた。

しばらくぼーっとしていたら
窓から差し込む光が柔らかくて、眠くなってきてしまった。

お腹に子供がいるからだろうか?眠くて仕方ない。

妊娠している時っていうのはこんなものなんだろうか?

何しろ妊娠なんて初めてだし(当たり前だけど)、
女の人と違ってあまり知識もないので分からない事だらけだ。

明日から早速庭の散歩を日課にしようと思いながら俺はゆっくり
と目を閉じた。

そしてそのまま眠りに落ちてしまった俺は夢を見た。

あの紫の花の中に誰かが立っている。

黒い髪、細い肩。

あれは・・・母さん・・・?





 
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