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予想通り、彼女の父親もこの件に絡んでいた。

彼は金遣いも荒く、周りからの評判は決して良いものではなかった。

以前からジェナス姫を私の元に嫁がせようとしていたようだし、
己の私利私欲のために娘を利用しようとしている事も知っていた。

彼女自身は純粋な好意を向けていたのかもしれないが、このような
騒ぎを起こしてしまってはもう遅い。

そう、もう遅いのだ。

・・・・・それなのに、私は希の事になると自分が分からなくなる。

希の命を危険に晒した事を、命をもって償わせるべきだと思うのに、
あれに泣かれるともうどうしたらいいか分からないのだ。




ジェナス姫と父親の身柄を確保したその夜の事、希が私の部屋にやって来た。

「希、まだ休んでいなかったのか?」

そう問いかけると、希は部屋に入るなり私の正面に立った。

「王よ。このお腹の子が無事に産まれて、成長して、
いつか今回の事がこの子知れたら、この子はどう考えるでしょうか?」

希が私の事を「王」と呼ぶ事は、希がこの世界に来たばかりの時以来だった。

それだけ真剣な想いを伝えようとしているのだろう。
真っ直ぐに私の目を見つめてくる。

「自分の命を危険に晒した人の事を良くは思わないでしょう。
きっと、何らかの罰を与えられる事は仕方ないと思うでしょう。
けれど、命で償う事が当たり前だと考えるでしょうか?
俺は自分の子供には、代償が命である事が当たり前だと考えるように
なって欲しくない!!」

そう言いきると、ついに希の瞳から大粒の涙があふれ出した。

「希、なにも罪の代償が命である事が、当たり前だと言っているわけじゃない。」

「でも、嫌なんです。どんな形であっても、俺に関わって誰かが死ぬのは!!!」

希でなければ、そんな事は綺麗事だと切り捨ててしまえるだろう。

ここで罪を軽くしてしまえば、こんな事で赦されるのかと思う人間が必ず居る。

それは他の罪を助長させる事になりかねない。

考えを巡らせている間、お互いを見つめ合ったまま黙りこんでしまったが、
先に口を開いたのは希の方だった。

「俺の命は救ってくれるのに、俺の心は救ってくれないのですか・・・?」

・・・そんな事まで言われてしまっては、もうどうしようもなかった。

心の中でひとつ溜め息をつく。

自覚はあったが、自分でも希にだけは甘すぎると心底思った。

「・・・・・分かった・・・・だがこれだけは忘れないで欲しい。
希、お前は私にとってかけがえのない存在だ。
お前を失ったらと思う私の苦しみは、他の全てを失う事を考えるよりも
ずっと苦しく辛い事なのだと。」

「シャナ!!」

そう呼ぶと、希はその細い腕で私を抱きしめてくる。





*****




後日、ジェナス姫並び今回の件に加担した者すべてに正式な裁きが下った。

それはこの国における王族ないし城に仕える者としての全ての権利をはく奪し、
城下に下る事だった。

城から出る前の日の晩、ジェナス姫から最後に一度だけ
謁見したいという申し入れがあったので俺は了承した。

シャナは渋っていたし、もしかしたら罵倒されるかもしれないけれど、
覚悟の上だった。

実際に会いに行くと、ジェナス姫は今までのきらびやかな衣服ではなく、
優しい色合いの飾りのついていない衣服をまとっていた。

高く結いあげていた髪もおろし、まるで別人のようだった。

「本当の事を申しますと、王の元に嫁げないのなら、私は死んでも良かったのです。
・・・王の事をお慕いしていたのは、父にそそのかされたからではないわ。」

そう言うとジェナス姫は俺に向き直って薄く微笑んだ。

「でも、あんなお父様だけれど、私にはたった一人の父親です。
お父様はいつも、私には幸せになって欲しいと、そう仰って下さいました。
その言葉は本当だと思います。
ですから、お父様には私が幸せになる姿を見せて差し上げたかった。
生きていたらもしかしたらそんな姿を見せて差し上げられるかもしれない。
その機会を与えて下さった、その事に感謝いたします。
そして、最後にこれだけはどうしても言わなければなりません。
この度の私どもの行いのせいでお腹の御子をも危険な目にあわせてしまい
申し訳ございませんでした。これより先一生かけて償って参ります。」

ジェナス姫の表情は穏やかで、数日前とはまるで別人のようだった。

「貴女は、今の方が綺麗だ・・・」

ついそんな事を口走ってしまった。
馬鹿にするなと怒られてしまうだろうか?

「ふふ・・・変わった方ですわね。
でもなぜかしら、こんなみすぼらしい格好でも、貴方にそういわれると
悪い気がしないわ。貴方が本当に綺麗な方だからでしょうね。
最初から私に勝ち目なんて、あるはずがなかったんだわ。」

そう言って彼女が笑った。

「・・・私が言えた立場ではないけれど、
どうかお腹の御子が無事に産まれますように。」

「ありがとうございます。貴女も、どうかお元気で。」

「ええ・・・」

最後に彼女が深々と頭を下げる姿を見ながら部屋を後にした。

「シャナ、ありがとう。やっぱり俺、自分の判断は間違っていなかったと思う。」

「そうか・・・」

シャナはそれだけ言うと、俺の背中に手をまわして優しく背中をさすってくれた。





その日の夜、また母さんの夢を見た。

あの時なんて言っていたのか気になっていたからかも知れない。

母さんに何て言っていたのか問いかけると、今度ははっきりした声で返事が返って来た。

“まだこっちに来るのは早すぎるでしょう?
貴方を愛している人と、貴方が愛している人、
貴方がこれから愛していく人達のいる世界に戻りなさい”

“ずっとあなたを見守っているからね。愛してるわ。希”

恥ずかしくてずっと言えなかったけど、俺も愛してるよ。母さん。

そう言うと母さんは優しく笑ってくれた。

手を振る母さんの傍らに誰かがいて、一緒に手を振ってくれている。

顔も憶えていないけど、きっと父さんだ。

だって母さんの顔が、父さんの事を話す時の顔になってる。

ねぇ母さん、父さん。

俺を産んでくれてありがとう。

いつかまた逢う時、
その時はもう俺がしわくちゃのおじいちゃんになった時かも知れないけど、
きっと笑顔で逢おうね。その時まで俺、頑張るからね。

夢の中で一筋の涙が流れた。

シャナが優しく抱きしめていてくれたのを知るのは、光が眩しくて目覚めた
次の日の朝の事だった。







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プロポーズ〜妊娠発覚編でした。
blessはとりあえずまだ続きます。
まだ!?とお思いになる方もいらっしゃると思いますが(苦笑)
とりあえず三部まで読んで下さった皆様ありがとうございました!!
これからも希を見守って頂けたら嬉しいです^^





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