2 その日の午後から、俺は江藤の事を無駄に意識していた。 だいたい、鵜飼が俺に変な事を吹き込むからいけないんだ。 しかし、俺がこんな態度で居るのも関わらず、俺の事す、す、好きだなんて、江藤は 物好きだなぁ・・・ なんてぼんやり考えていると江藤と一瞬目が合ってしまった。 実はさっきから何度も目が合っているのだ。 なんとなく意識してしまい、自分でも気付かないうちに自然と目で追ってしまっているらしい。 何度も目が合うって事は、江藤もそれだけ俺の事見てるって事だよな・・・ なんて考えたら急に恥ずかしくなってきてしまった。 (こ、コーヒーでも飲もっ!) そう思って給湯室に行くと、江藤が既にそこに居た。 さっき目が合った時に何故給湯室に行こうとしてる事に気づかないんだろ、俺。 「香島さんもコーヒーですか?ついでに入れますよ。」 そう言って備え付けのホルダーと紙コップを用意される。 そこまでされていらないっていうのは流石に感じが悪いと思って素直に頷いた。 「ありがとうございます。」 「香島さんは鵜飼くんと仲がいいですよね。俺、同期とは全然違う部署になってしまったし、 転勤でこちらには親しい友人もいないので羨ましいです。」 羨ましい?江藤が俺を羨ましいと言ったか?今! 「なんか、意外ですね、江藤さんて、一人でも平気っていうか、 クールで一人が好きみたいなイメージがあります。」 「それは誤解ですよ・・・俺、意外と寂しがりなんで」 このシャープな印象の男から寂しがりなんて単語が出てくるもんだから、 思ってたより江藤ってとっつきやすいんじゃないか?って思ってしまった。 「あ、もしかして、クールとか一人が好きそうとか思われてたから お昼とか飲みに行くのとか断られてました?俺。」 いや、ただ俺が勝手に劣等感抱いて嫌な奴と決めつけて遠ざけてました。 でも、そんな事口に出して言えるわけないので、江藤の言葉を肯定した。 「実は・・・。俺、まだ子供っていうか、 お酒の席なんて醜態さらしてかえって迷惑かける事になりそうだし・・・」 酒に関しては本当だ。飲むのも好きだし、弱いわけではないのだが、酒癖はよろしくない。 だから極力飲まないようにしている。忘年会とか大きな会にはもちろん出席するが、 そこはかなりセーブして飲んでいる。 鵜飼みたいなのが相手だと何も気がねせずに飲めるんだけど。 「ああ、それも鵜飼くんから聞きました。お酒は好きだけど酔うと大変だって。」 「げ!鵜飼のやつそこまで言ってました?あのやろぉ〜。」 「いいな、本当に仲が良さそうで羨ましい。」 そう言った江藤の顔は少しシュンとしているようで、まるでハスキーのような大型犬が うなだれているように見える。 考えてみたら、こんな地方に来て慣れない生活をしてる上に友達もいないんじゃ、 大の男といえどたまに飲みに行く相手くらい欲しくなるよな。 「あ、でも、江藤さんなら声をかければ女子社員がたくさん付き合ってくれそうですけど。」 「いや、会社の女の子と個人的にはちょっと・・・気も使いますしね。」 そう言えば、このルックスにかかわらず江藤の浮いた噂を聞いた事がなかった。 なるほど。大人だな。自らリスクをおかす真似はしないってか。 地位も金も顔も揃ってるやつは女遊びも激しいと思っていたが、案外そうでもないんだな。 「案外、真面目なんですね・・・」 「案外?俺、そんなに遊んでそうに見えますか?」 しまった!俺の口はなんてしまりがないんだ! 「え?あ、あの、言葉のアヤっていうかなんていうか!!」 「はは、いいんですよ。本社に居た時から周りにもそう言われてましたから。」 あー、この人、笑うと案外幼く見えるんだな・・・ んでもって“そう言ったのはお前だけじゃないから気にするな” みたいなさりげないフォロー入れる辺りがまた周りの人間に気遣いが出来るって思わせるんだろうよ。 俺なら言葉尻捕まえていじり倒してるぜ。 「すいません。俺ホント気がまわらなくて・・・」 と、一応謝ってみる。江藤の事だ、気にするなと言って終わりだろう。 「あ、じゃあ、今晩一杯付き合って下さいよ」 「はい・・・・・って、え?あ、あれ?」 ちょっと待ってくれ・・・なんでそこで飲みに誘うんだよ。 「じゃあ、定時に上がれるように頑張って来ます。下のロビーで待ち合わせましょうか。 あ、コーヒーどうぞ。」 頑張んなくていいんだよ。そしてなんで俺も“はい”なんて言ってんだよ。 ん??でも、これって逆にチャンスじゃ・・・!? 俺の酒癖悪いの見てドン引きさせればいいんじゃないか!? そしたら、鵜飼の言ってた“江藤が俺の事好き”って事が本当だとして、諦めさせる事が出来るのでは!? そう思ったらなんか落ち着いて来たぞ・・・ よし、こうなったら飲んで飲んで飲みまくってやる!!よぉし!今日はセーブなんてするものか!! 盛大に迷惑かけてやる!そう勢い込んで口をつけた コーヒーは、ブラックに砂糖を少し入れただけの、俺好みの味だった。 熱心に食べ物の好みまで聞いてくるって言ってたけど、江藤は鵜飼にこんな事まで聞いたのか? そう考えたら、なんだかわざと迷惑かけようとしてる自分がとても愚かな人間になっている気がして 複雑な気分になってしまった。 ← → novel index top |