2 「昨日のお前の様子で、何か悩んでるのは分かっていたんだ。 でも、お前から話してくれるのを待っていた・・・ 昨日私に言った言葉は偽りか?病める時も健やかなる時もと。 私達二人の事であるなら尚更私に話してほしかった・・・ 私は、そんなに頼りないか? 愛している者の辛さや弱さを、理解できない男に見えるか? 王であるから、お前が私を愛せないというなら、私は王の座などいらない。」 言葉の最後がすこし震えていて、思わず大きな背中に抱きついた。 「愛せないんじゃない・・・あ、愛してるから恐くなるんだ。 やっぱり釣り合わないんじゃないかとか・・・、ずっと一緒に居られるんだろうかとか、 そのずっと一緒に居るって事がどういう形のものなのか不安で・・・。 それに俺の世界じゃ男は子供を産めないから・・・ だから後継ぎの事とか、色々考えちゃって。ごめん、ごめんなさい。 信じてないわけじゃないよ。困らせたくなかっただけなんだ。」 「・・・反省、しているか?」 俺はうんうんと縦に首を振る。 「もう二度と、他の男を頼ったりしないか?」 これにも首を縦に振った。 「では・・・」 抱きついた腕を優しく解かれ、向かいあったシャナが俺を見つめてくる。 「私と、結婚してくれるか?」 「で、でも・・・俺なんかじゃ・・・」 「私にふさわしい相手など、お前の他に誰がいる。 ずっと一緒に居るというのは、結婚するという事に決まっている。 嫌だと言っても私は希としか一緒にならない。私を一生独り身で居させる気か?」 そこで俺は首を横に振った。 「もう一度聞こう。私と結婚してくれるか?」 もうここで、否定的な言葉を口にしたって仕方ない。 俺だって、シャナを愛してるんだ。離れたくない。 「・・・はい。宜しくお願いします。」 俺がそう言うと何処からともなくワァッという声援と拍手が沸き起こった。 いつの間にか色んな人に囲まれていたらしく、皆が次々にお祝いの言葉をくれる。 とても恥ずかしいが、そのぶん嬉しくもあった。 「王、希様、おめでとうございます!!」 「本当に良かった!」 中には涙ぐんでいる人もいた。つられて俺まで少しうるっときてしまった。 いつの間にかハウエルさんとユリまで来ていたようで、一緒になって拍手を してくれている。 「ハウエル!本日夕刻、城内の全てのものに大広間に集まるように通達せよ。」 「え?シャナ?」 「結婚の事を、皆に知らせなければなるまい」 「そ、そんな急に!?」 「誰が希に色目を使うか分からないからな。私の者だと宣言しなければ」 また、どうしてそんな恥ずかしい事を言うんだろう。 「言ったろう?私は希の恥ずかしがる顔が好きなんだ。」 俺の考えている事が顔で分かったようで、シャナが優しく笑う。 ああ、俺はこの人の笑顔を守っていきたい。 シャナが安らげる場所になりたい。 「希、おいで・・・ 今日の報告の時にお前に着てほしい服があるんだ。」 部屋に戻って見せられた服は、男性ものながらとても綺麗な色をしていた。 白地にあの美しい薄紫の花の色だった。そして、胸の部分にはその花を模した飾りもついている。 「すごく綺麗な色。いつのまに、こんな服を?」 「割と前にな。お前しかいないと、決めていたから。」 「・・・ありがとう。ずっとそんな風に思っていてくれてたんだね」 どちらからともなく唇が重なり合う。 シャナの唇はそのまま俺の首や鎖骨に降りてくる。 その力強い腕に抱きしめられ、頭がぼうっとしてくる。 「っ!!!ちょっとまって!間に合わなくなるよ??」 危ない・・・このままいたしては間に合わなくなる所だった・・・ 「しょうがないな。帰って来たら覚悟しておくんだよ。 それにしても、お前が後継ぎの事まで考えてくれているとは思わなかったよ。」 「自分でも不思議だよ。なんでそんな所に考えが及んだのか。 悩んでる時にユリの妊娠の事を聞いて、それで少し、希望が持てた。 俺に適性があるのかとか、異世界から来た俺でも大丈夫なのかとか、まだ色々不安はあるけど、 シャナが隣に居てくれるなら、俺はきっとどんな事でも乗り越えられるよ。」 「ああ」 シャナが優しく微笑んで、今度は触れるだけの優しいキスをした・・・ 俺とシャナは今広間にいる。 椅子を隣に並べ、まるでお雛様みたいな感じで座っている。 「ぅう〜〜、緊張する」 俺はカーテン一枚隔てた向こう側の景色を想像しては 自分の手をにぎにぎとこねくり回していた。 何しろこの城に勤めている人間の大半がそこに集まっているからだ。 大半なのでもちろん全員なわけではないのだが、 それでも結構な人数になっているだろう。 「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。 城内の人間だから、希も顔くらいは見た事のある者たちばかりだ。」 「うん、分かってるんだけど」 人が多いからという理由だけでこんなに緊張しているわけではない。 さっきから頭に“娘さんを下さい”っていうフレーズが浮かんでいる。 この台詞を言う世の男性はどれほどの勇気がいるんだろうか。 今の俺の状況はそれに似ているのかもしれない。 決して「シャナを下さい」なんていう状況ではないんだけど、 今からシャナの周りの親しい人達に許しを得るようなものだし・・・ 「王、カーテンをあげてもよろしいですか?」 「ああ」 ハウエルさんから声が掛けられ、そっとカーテンが開かれていく。 カーテンを開けるのは普段はハウエルさんの仕事ではないらしいのだが、 今日は特別なんだそうだ。 カーテンの向こうは俺達が座っている位置よりも一段低くなっていた。 そこには良く知った顔からあまり見た事のない顔まで、色々な人達がいた。 「王よ、これは一体何事ですか・・・」 神官らしき年配の人が俺たちの様子を見て何か驚いているようだった。 「玉座とそうでない椅子を同じ位置で並べるなど、 今まで見た事も聞いた事もありません。」 その言葉を聞いて、一気に血の気が引いた気がした。 お雛様みたいだなんて暢気な事考えて・・・ 隣に並ぶ事が良くないことだったなんて・・・ 何も知らなかったせいで俺はシャナに迷惑をかけてしまった? 「シャナ・・・俺、何も知らなくてごめん・・・さ、下がった方がいいかな」 ひじ掛けに手をかけて椅子を後ろへずらそうとしたが、 手をやんわりと握って止められた。 「いや、そのまま私の隣にいなさい。 希が玉座の隣に並ぶのが通例でない事を知らないと分かっていて あえて隣に並ばせたんだ。」 そうか・・・ だからハウエルさんが普段ならしないはずのカーテンを開ける作業をしたんだ。 もし従来通りの人間が作業をすれば、 隣に並んでいる事がおかしいと思い何か聞いてきたかもしれない。 俺は、何も知らない自分が情けなくなった。 「今日ここにこうして皆に集まって貰ったのは他でもない、希と私の結婚の報告だ。 それと同時に私の想いを皆に聞いてほしい。 王として相応しくない考えなのかも知れないがこれから言う事は私の本心だ。」 本心と聞いて俺はシャナの横顔を見詰めた。 一体何を言うつもりなんだろう・・・ 「私は希に、共に悩み、歩み、生きて欲しいと思っている。」 後ろに下がるのを止められた手は、今も俺の手に重ねられて、強く握られている。 まるで、俺にも聞いてほしいって言っているみたいに。 「私が希を伴侶に選んだのは決して栄華だからではない。」 俺も、シャナが王様だったから好きになったわけじゃないよ・・・ 「常に隣で同じ景色を見ていける、寄り添える相手だと思ったからだ。」 うん、寄り添って、貴方と同じものを見ていきたい。 「希は常に私の隣にある。 それに納得出来ないもの、この結婚に意義のあるものは今すぐ名乗りをあげよ!」 その声に広間は静まりかえり、誰も言葉を発そうとしない。 沈黙を破るように、先ほどの神官が口を開いた。 「王よ、貴方様のその言葉を聞いて、反対するなど誰が言えましょう。 しかし、栄華様は?栄華様はこの世界に来てまだ日が浅い。 王の隣に並ぶという事はそれだけの責任や重圧を求められる。 それはお分かりでしょうか?」 シャナが俺をちらっと見たのが分かる。 俺の気持ちを話さなければ。 「俺は、一歩後ろに下がって、自分だけが安全で、そんなのは嫌です。 一国の責任や重圧なんて想像もつかないけれど、 それを今シャナが一人で背負っているというなら、 俺にその重荷を背負う手伝いをさせて欲しい。 そして・・・ここにいる皆さんにもお願いがあります! もし俺が何か間違えば、皆さんにそれを正し、導いて欲しい! 王の隣に並べるよう、私に力と知恵を貸して下さい。お願いします。」 俺が立ち上がって勢い良く頭を下げた瞬間、 わっ!っという歓声と拍手があがった。 「貴方様方の御言葉は今日より私たち従者の心の糧となりましょう。 神官長である私もお二人を祝福致します。 御結婚、誠におめでとうございます。」 神官の言葉により一層歓声が大きくなった。 プロポーズを受けた時に周りの人たちがお祝いの言葉と拍手をくれたが、 それよりももっと大きな歓声に、胸が熱くなって、思わず涙を流してしまった。 ← → novel index top |