6 「さぁ!リシャールくん、お風呂が沸いたわよ!説明するからついてきてね」 「はい」 俺は二人の背中を見送りながら、片づけを手伝っていた。 「なぁ、希。教えてほしい事があるんだが。 もちろん知っている範囲で構わない。」 先ほどの明るい表情とは違い、ロジャーさんは真剣な表情で俺に向き直る。 「あの子の服の乱れ方や様子、あれはただ暴力を受けただけではないのではないか?」 俺が本人の承諾も得ずにこの事を話してしまってもいいのだろうか。 俺は返事が出来なかった。 「話しにくい事だろう。でも、力になれる事があるかも知れない。 俺たちで無理な事ならどうにか出来る人を探してもいい。 俺たちにも子供が、息子がいたんだ。でも、はやり病で3歳の時に亡くなってしまった。 成長していればちょうど今のリシャールのような年齢になる。 もうずっと、子供が苦しんでいい理由が俺にはわからない。 息子にも、もっと出来た事があるんじゃないかと思うんだ。 境遇が違っているとはいえあの子は苦しんでいるんじゃないだろうか?」 この夫婦には子供がいたんだ・・・ そして、早くに亡くなってしまっている。 だから、こんなに俺たちに優しくしてくれているんだ。 はやり病・・・あの薄紫の美しい花があれば助かったものだったのだろうか? 俺はロジャーさんの“ただの暴力ではないだろう”という質問を無言で肯定した。 誰かに彼の味方になって貰った方がいいのは確かだったからだ。 もし俺が元の時代に戻る事が出来たとして、彼を一人残していってはまた連れ戻されて 暴行を受けるかもしれない。 それだけは避けたかった。 「そうか・・それで、相手は分かっているのか?」 「彼の、義理の父親のようです。」 「なんだって!!! 義理とはいえ父親が、そんな事をするなど・・・」 まさかの相手だったのだろう。 ロジャーさんはそれ以降続く言葉が出て来ないようだった。 しばらくの間沈黙が続いたが、彼はなにか思い立ったかのように顔をあげた。 「よし、決めたぞ」 「え?な、何をですか?」 ロジャーさんはなにか大きなことを決心したような顔をして、続く言葉を放った。 「あのこはウチで引き取る。」 「ええぇ!!?あの、でも、彼の意見も聞かないと・・・」 まさかの発言に俺は慌てた。 未来通りにいけば、しばらくしたら王位継承問題が出てくるはずだ。 王位継承の白刃の矢が立つような家の子供を、簡単に引き取れるのだろうか。 「希が心配しているのは、リシャールの家柄の事か?」 「まさか・・・知って?」 「あそこら一体で再婚をしたのは一件だけだ。 義理の父親は王家に縁のある人間だと聞いた事がある。相手が義理の父親という時点で、 どんな家の子供か理解できたさ。 王家に縁のある子供を引き取るのは簡単ではないだろう。普通の家なら・・・な」 普通の家なら? 一体どういう事だろうか。 「俺は陸軍近衛師団長だ。きっと、あの子の役に立ってやれる。 王に直接進言して法的措置をとる事も出来る。」 「本当ですか?!」 「ああ、リシャール本人がそれを望めば。」 無理強いするつもりはない。とういう事らしい。 この夫婦になら、彼を任せてもいいような気がする。 この人達の暖かさに触れていれば、いつか心に傷も癒えるのではないだろうか。 「しかし、君は一体何者なんだい? 何故リシャールに対してそこまで・・・」 「彼のためというよりも、自分のためでもあるんです。 彼が助かる事によって、俺の大事なものが守られるんです。多分。」 俺が過去に来て少しだけ手を加えて、それで未来はどうなるのだろうか。 もしかしたら結局は同じ結果になってしまうかも知れない。 でもそうならないかも知れない。 出来れば俺は後者を信じたかった。 この夫婦との出会いによって、未来が少しでも明るいものになる事を祈るばかりだ。 祈る事しか出来ない自分が歯がゆくもあるけど・・・ 「希、胸が光っているが・・・それは一体」 「え?・・・あ・・・」 こっち(過去)に来る時と同様にペンダントが光っていた。 しかし来た時のように強烈な光でなく、柔らかく暖かい光だった。 目が覚めた時には、あの冷たい地下の部屋にいた。 夢、だったのだろうか・・・ しかし目の前に居たはずのリシャールがいない。 呆然としていると、この部屋に続く重い扉が開けられた。 「希!?」 「シャ、ナ?」 シャナの・・・声だ。 いつもの、あの、優しい声だ。 とても久しぶりにシャナ自信の声を聞いた気がする。 「お前の部屋を訪ねても居ないし、こんな夜中に何処にいったかと 思って探していたんだぞ!何故こんな所にいるんだ」 抱きしめられたと思った瞬間肩を掴んで引き離され、心配そうに顔を覗き込まれた。 「覚えてないの?」 「何の事だ?」 記憶が、塗り替えられている? という事は、起こるはずだった出来ごとは防げたのだろうか? 「王??希様は見つかったのですか?」 シャナの後ろからハウエルさん達が続いて来る。 その中に見た事のあるような顔があった。 「リシャール・・・?」 俺のつぶやきにシャナが目を見開いた。 「何故、希がリシャールを知っている?彼と会った事はないはずだ」 「ううん、さっきまで会って来てたんだ。まだ、シャナは生まれる前だった。」 俺の台詞にシャナは訳が分からないという顔をしていた。 この世界でも、流石に過去に行く事が出来るなんて聞いた事がないし、 予想出来るような事じゃないから、そんな顔をされても不思議じゃない。 シャナとは対照的に、彼は落ち着いた様子で微笑みかけてくれている。 「久しぶりになるのかな?」 「ええ。・・・お久しゅうございます。 何故貴方様が急に居なくなってしまったのか、今やっと理解出来ました。 貴方様は現世の方だったのですね。昔のまま、何一つお変わりなくおいでだ。 私はこうして年を重ねてしまいましたが貴方様に救われた御恩、一度たりとも 忘れた事はございませんでした。」 「ううん、結果貴方のためになったのはもちろん幸いだけど。 それは俺も本当に良かったと思っているけど、結局は自分のためだったから。 だから、気にしないで。」 シャナにはちゃんと後で説明しよう。 そう思いながらシャナの腕を強く握った。 話しが分からないながら、シャナは俺のその行動に何かを感じたのか 背中に優しく手を添えてくれた。 「それで、今は何をしているの?」 「はい。私は今、義父と同じく陸軍近衛師団長の任に就いております。 貴方様が去られた後、すぐに剣術の稽古や馬術の訓練を受けました。」 良かった・・・連れ戻されるような事はなかったんだ。 シャナを恨む出来事もなく、幸せに生活出来てきたのだろうか。 今は本当に穏やかな顔をしている。 あの夫婦に彼を引き合わせる事が出来て良かった。 陽だまりのようなあの二人に育てられた彼にはもう、 あんな地の底を這うような冷たさは微塵も感じられない。 「ロジャーさんとステラさんは・・・」 「二人とも元気に暮らしておりますよ。今でも、木の実の殻を剥くのは義父の役割なんです。」 「あはは!!そっかぁ!また会いたいなぁ!あのお菓子も食べたい!」 「義父と義母も喜びます。隠居生活で暇を持て余しておりますので いつでもおいで下さい。」 「うん、是非!」 俺達に会話に、みんなが不思議そうな顔をしている。 みんなのその顔を見ていたら、何だか無性にうれしくなってきてしまった。 俺が過去に行った事で、辛い思いをしてきたはずのみんなが、その辛さを 知らずに生きてこれたんだ。 ← → novel index top |