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軋む扉の音に、シャナがゆっくりとこちらを振り返る。
そうして目が合う。 

「お前は、確かハウエルと来ていた・・・」

「国元希といいます。貴方とお話をしたくて来ました。」

何だか不思議だ。
同じ人に二度も自己紹介するなんて。

「ハッ!!誰がお前などど話をするものか!
俺はこの国の王だ!卑しい身分の者が俺と話をしようなど身の程知らずが!
どうやってここに近づいた!?その醜い身体で誰ぞたらしこんだか!?」

「っ!?」

最初からまともに話が出来るなんて思っていない。
何を言われても、平常心でいなければこの人と話は出来ないだろう。
感情的になって言い合うだけでは、解決方法なんて何も分からない。

「大声を張り上げて、威圧し、恐怖を与え、
委縮させて、それで言う事を聞かせても、
人は貴方の思い通りにはならないんじゃないでしょうか。」

「うるせぇ!!お前に何が分かる!!
上に立つモンはな、唯一で絶対でなきゃなんねぇんだよ!
威圧、恐怖、上等じゃぁねぇか!そういうもんが人を支配出来るんだよ!」

この言葉こそ、この人をこんな風にしてしまったのではないだろうか?
何かに震え、怯え、支配されてきたのでは・・・

優しくされれば優しくしたくなる。
踏みにじられれば踏みにじりたくなる。 
感情は連鎖するものだと思うから・・・

叫びながら、一瞬、ほんの一瞬、
またこの人のどこかが震えたような気がした。

「貴方は何を恐れているんですか?
俺には貴方が震えているように見える・・・
一人でこんな所にいる事が怖いですか?一人になることが辛いですか?」

そう言った後、スゥっと周りの温度が下がったような気がした。
怒気にあふれているこの空間で、そんな事を感じさせる人物はもちろん
目の前にいるこの人しかいない。表情が冷めきっている。

「本当の孤独ってもんはな、一人でいる時に味わうもんじゃねぇよ。
現にお前がここに来ている今の方が孤独だぜ。
お前がここに来ているのはシャナのためだろ?
お前は目の前にいる俺を通り越して、シャナを見ている。」

その一言にハッとした・・・
そうだ、俺はシャナのためにここに居る。この人のためではない。

今この人に孤独を与えてるのは、俺だ。

「威圧や恐怖は、時にそれに抵抗するための力になるだろうが、
そんなものより、孤独の方が人をがんじがらめに縛れる。」

彼はそう言って静かに立ち上がった。

「俺は義理の父親に毎日のように犯されていた。母は我が身可愛さに見て見ぬふりだ。」

!!?

「そこに・・・俺は俺として存在していなかった。」

俺は、なんて愚かだったんだろう。

誰にも言えず、気づかれず、ずっと耐えて来たんだ・・・
実の母にも助けてもらえず、「王」になれば父親といえど
手出しされないし、すべての状況から脱却出来ると思ったのに
王妃の懐妊によってその道も閉ざされた。
その怒りと苦しみが道を閉ざした新しい命に向かってしまったんだ。

”人を愛する事を知らなかった・・・
それはとても恐ろしい事なのです”

ハウエルさんはこの人の事をそんな風に言ってたけど・・・
愛する事だけじゃない、愛される事も知らなかったんだ。
そうなってしまったのも、当然のように思える。

と同時に、やはり今でも周りの人間は
彼の当時の状況を知らないんだろうと思った。

「っ・・・苦しかったんですね。お、俺、何も知らずに、
ただシャナだけが苦しいんだろうと思っていました・・・」

言いながら、自然と俺の頬を涙がつたっていた。

「っ!同情の涙なんていらねぇんだよ!」

力いっぱい鉄格子を握っている手があまりにも痛々しくて、
そっと近づいて触れようとしてみるが
「さわるんじゃねぇ!!」
指先が触れただけで、そう怒鳴られてしまった。

「っ!!?待て・・・」

「え?」

怒鳴られたと思ったら今度は離れるのを止められた。

「なぜ、俺に触れる事が出来る・・・」

「あ・・・」

そうだ、触れたくても触れられないように出来ているって
聞いていたのに、どうして触れたんだろうか。

「もう一度、触ってみろ!」

言われて再び手を伸ばす。
触れた手は、とても冷たかった。
触れてみたものの、それ以上動けないでいると、重ねた手を強く握り返される。

「この鉄格子にかけられている結界の魔法は相当強力なはずだ。
まさか・・・お前、本当に栄華なのか?」

「そうであればいいなって思いますけど、俺自身にはよく分かりません。
俺がこの世界に来た時に薄紫の花が群生し始めた。
・・・っていう事くらいしか、俺が栄華だって思える所がなくて。」

俺は栄華か?と聞かれて、それにYESと答える自信がない。
だからこうして言い訳みたいな言い方をしてしまう。

「そうか・・・栄華というのは異世界から遣わされると聴く。
お前のいた世界とやらは、どんな所だった。」

自信がない答え方をしたにも関わらず、どうやら俺を栄華だと信じ始めているようで
俺のいた世界に興味があるらしい。
俺はとりあえず季節の事を話してみようと思った。

「俺のいた国には、まず四季というのがあって、四つの季節の事なんですけど。
簡単に説明すると暖かいのが春、暑いのが夏、涼しいのが秋、寒いのが冬で・・・
季節ごとに色んな花が咲いたり実ったりします。」

ここで電車や車、飛行機なんかの話をしようかと思ったがやめた。
情けない事にどう説明していいかが分からないからだ。

「豊かな国なんだな。」

「そう、ですね。そう思います。」

不思議だ。
手に触れながら話をしていると、何故か穏やかに話が出来る。

「お前は、暖かいな・・・
こうして触れていたら、お前の熱と俺の冷たさが混じって、
同じ温度になるんだろうか・・・そうしたら俺も・・・」

言いかけて、押し黙ってしまい、それ以上言葉を発する様子は見られなかった。
なんとなく居た堪れなくなって俺は自分の胸元をごそごそと探る。

「俺が唯一あっちの世界から持って来たものと言えばこれなんです。
母の形見で、父が母に贈ったものらしいんですけど」

そう言いながら、首にかけているネックレスを見せる。
目の前の彼が、一瞬眩しそうな顔をしてゆっくりと触れて来た。
その瞬間、何か閃光のようなものが目の前を走った。

(・・・ぃ・・・いたい、痛い、痛い!もう嫌だ!)

「え!?あ・・・」

頭の中に声が響く。これは・・・昔の・・・

(助けて!!おかあさん!誰か!!!)

彼の幼い頃の記憶・・・??





 
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