3 暫くの間沈黙が続いている。 ハウエルさんは難しい顔で黙りこんでしまった・・・ 本当に話していいものかどうかを悩んでいるもだろうか? その姿を見て、俺は先ほどの「牢」という単語を思い出していた。 もし、ハウエルさんが牢に入れられるような事になったら、 ユリが悲しむだろう。 ユリだけじゃない、きっと何人もの人が悲しむ。 もちろん俺も悲しい・・・ 「あ、あの・・・話しにくい事なら、やっぱりいいです・・・ ハウエルさんが牢に入れられるなんて事になったら嫌だ・・・」 俺が不安げにハウエルさんの顔を見ると、 彼は俺に向き直って薄く微笑んで見せた。 「いえ、あの状態の王に会わせたのですから、 あとはもう何を言おうが一緒の事なのです。 ・・・・・・・・・・そうですね、あれはまだ、シャナ王が 生まれる前の事でした。 そのころ前王にはなかなか子供が出来ず、 世継ぎ問題が常に付きまとっていました。 前王は聡明な方でしたが、身体がそれほどお強くなかったため、 このまま何年もお世継ぎが生まれなかった場合 王国存続の危機に関わるという周りの意見から、 その頃丁度12歳をむかえられた甥であるリシャール様 を時期国王として迎える事になったのです。 ですが、リシャール様には王たる資質に欠けている部分がありました。 あの方は、人を愛する事を知らなかった・・・ それはとても恐ろしい事なのです。 自分の国の民をも愛せない。 それが皆を幸せに導くとは考えられなかった。 しかし、このままでは国の存在そのものがなくなってしまう。 結果、やはり彼に託すしかないと考えたのです。 そうして、正式な任命が行われる前にリシャール様が 王座につく事は周知のものとなっていきました。 ・・・しかし、その半年後、王妃が懐妊なさったのです。 その子こそシャナ王なのですが・・・ その後のリシャ―ル様のお気持ちは、 希様にご想像頂けるでしょうか」 王座に着けると思ったとき・・・ それが消えそうになった時・・・ その落差に、野心の強い人間が黙っていられるはずがない。 「その人が、一体何を・・・」 俺は胸の中がざわついていくのを感じていた。 きっと、俺の中の予想は大きく外れてはいないのだろう。 「リシャール様は、王妃もろとも、お腹の中の子を亡き者にしようとしたのです。 それは王族と言えど、決して許されるものではありません。 審判の後、リシャール様には極刑が言い渡されました。 そしてリシャール様の最後の日、極刑になるその直前に、 あの方は恐ろしい呪いをかけてこの世を去ったのです。」 やはり、手にかけようとしたのか・・・ 「その呪いというのが・・・シャナがああなってしまった原因なんですね?」 「ええ・・・。只ならぬ怨の気配を感じた神官達が呪いを防ぐ術をかけたのですが 間に合わず、その呪いの効果を薄める程度に終わってしまいました。 その夜が、月の出ていない夜だったのです。」 欲しいものが手に入りそうになった時に、 それが消えてしまった時の気持ちはどんなものだったのだろう。 悲しみ。 憎しみ。 絶望。 きっと全てがシャナに対する憎悪に変わってしまったんだろう。 シャナの外見が変わってしまうほどの想いをどうしたら晴らす事が出来るのだろう。 それに、あんな風になってしまっている間のシャナの意識はどうなっているのかも気になる。 「あの状態の時のシャナ自身の意識というのは・・・?」 「意識というのはあるそうですよ。 ただ、四方を壁に囲まれているような感覚で、自分ではどうする事も出来ないと 言っておられました。自分の意志では自分の体の指一本動かす事もできないと。 あの場所に閉じこもっているのにもわけがありまして、最初にリシャール様の意識が覚醒した時に 酷く暴れられたので、その時は仕方なくあの部屋に繋がせて頂いたのですが、 その後月が現れてシャナ王の意識が戻られた時に、 自ら月が隠れる時はあの部屋に行くと仰って・・・ あそこには神官たちの施した結界が張ってあるので、皆に危害を加える事はないだろうと」 あんな底冷えのするような場所に自ら向かうなんて・・・ その姿を想像しただけで胸が締め付けられてしまう。 「俺に何か出来る事はないんでしょうか!?俺、なんでもやります!」 そう言ったけれど、 ハウエルさんは首を横に振った。 「希様を危険な目にあわせるわけにはいきません。 意識はあるのですから、シャナ王が元に戻られた時に希様に何かあって苦しむのは王なのです。 どうか王がお戻りになるまで、決して危険な事はなさらないで下さい。」 そう言われても諦める事なんて出来そうになかった。 でも、これ以上ハウエルさんを困らせるわけにもいかない。 「わかりました・・・無理言ってごめんなさい。 ユリも、心配かけてごめんね。 何だか、俺ちょっと疲れたみたいだ。少し休んでもいいかな?」 「希様・・・」 心配そうに様子を見ていたユリは俺の名前を呼んだ後、 何かありましたらいつでもお呼び下さい。と付け加えた後、 ハウエルさんと連れだって静かに部屋を出て行った。 部屋に一人になった俺は勢い良くベットに突っ伏して ハウエルさんの話や、シャナの様子を思い出してはどうにか出来ないのだろうかと考えていた。 いくら考えても何も思いつかないけれど、 ふと去り際のあの肩の震えている様子を思い出した。 はき捨てる言葉の激しさからは想像もつかないような、一瞬だけ垣間見えたあの孤独。 その姿を思い出した俺は、やっぱり何もしないなんて出来そうにない。 心配してくれてるハウエルさんにもユリにも申し訳ないけど・・・ もう一度、あの場所に行ってみよう。 一度話してみたら何か解決の糸口が掴めるかも知れない。 そう決めた俺はみんなが寝静まる頃を見計らって部屋を抜け出した。 もちろん警備の人間に気づかれてはまずい・・・ どうにか気づかれないように、暗闇に紛れられる様な 色の暗いマントを頭から被る。 途中見つかりそうになりながらもなんとかあの部屋の扉の前まで来た。 我ながら凄い行動力だなと感心してしまう。 早速扉に手をかけ、震える手で、ゆっくりと力を入れて開いた・・・ ← → novel index top |