2 悪い事をした訳でもないのに何故こんな所にいるのだろう・・・ 「誰だ・・・」 不意に鉄格子の中から声が聞こえ、その人がこちらに顔を向けた。 ・・・・・・まさか、何故・・・・ 「私です。ハウエルです。・・・ご気分はいかがですか??」 髪の色も、長さも、顔つきも随分と変わっているけれど、 その声を聞き間違えることはない。 彼はシャナだ・・・ けれど、何故こんな姿になってしまうのだろう・・・ シャナは眉間に皺を寄せ、 ハウエルさんに向かって忌々しそうな視線を投げつける。 「うるせぇな・・・こんな薄暗くて汚ぇ場所に居るなんて 最悪に決まってんだろうが・・・」 見た目だけでなく、声色、口調までも変わってしまっている。 あの優しく、流れるような、暖かいものとはかけ離れ、 乱暴で、まるで地を這うような冷たいものになってしまった。 本当に、一体何故? 俺がシャナをじっと見ていると、シャナが俺の方を向いて 方眉をクッと上げて見せた。 「てめぇ、誰だ」 視線がぶつかった・・・ けれどそこにいつものようなぬくもりはない。 何を言っていいのか分からず、思わず視線を逸らしてしまった。 けれど視線を感じる。ジロジロと舐めるように見られているのがわかる。 下を向いて俯いていると、ハウエルさんの足が目に入って来た。 俺とシャナの間に割り込んだようだ。 「彼は栄華、シャナ様の元に降りられた栄華なのです・・・」 「ハッ!シャナの元にだと!?そんなはずねぇだろうが!! 俺こそがこの国の王!!栄華は王の元に降りるときまっている! それがシャナの元にだと!? そいつはどうせ金銭目的の卑しい身分の者だろう!!!」 「いくら貴方様でも、この方を侮辱する事は許しませんよ」 「この俺に、おめぇに許されなきゃならない事なんて何ひとつねぇんだよ!」 なんなんだ・・・なんなんだ、一体・・・ シャナはまるで自分がシャナではないというような口ぶりだし、 ハウエルさんの態度もシャナに対するものとは違う・・・。 「さぁ・・・そろそろ参りましょうか、希様・・・」 そう言って、俺の背中に手を添えて部屋を出るように促した。 「あ、あの、ちょっと待って!俺には何が何だかさっぱり・・・」 「取り合えず、部屋の外に・・・詳しい説明はその後で・・・」 強く背中を押されて部屋の外に促された。 俺は後ろ髪を引かれるような思いで視線だけをシャナに向けた・・・ その時、彼の肩が小刻みに震えていた。 鉄格子の向こうで孤独に耐えている様な姿に、 彼の肩と同じように、俺の胸も不安に震えていた。 部屋の外に出た瞬間、 俺はハウエルさんの袖口を強く引っ張って振り返らせる。 「シャナに会わせてもらえたって事は、何故シャナがあんな風に なってしまったのかも、勿論説明して頂けるんですよね・・・?」 問い詰める口調になってしまっても、 今の俺はそのことを気にしていられない。 そんなハウエルさんは俺に軽く微笑みながら、 「ええ・・・」と言って首を縦に振ってくれた。 「さて、何から話せばよろしいのか・・・」 そう言って眉間に深い皺を寄せて考えているハウエルさんの横に、 お茶を運んできたユリが立っている。 直ぐに出て行こうとしたユリを、俺が引き止めたのだ。 ユリはシャナのあの状態の事を知っているようだったし、 何だか2人で話をするのが少し心細くなってしまったのだ。 「希様は月が出ていない事に気が付かれましたよね? ・・・まぁ、だからこそ 貴方をあの場所に連れて行って差し上げたのですが・・・」 その言葉を聞いたユリが手に持っていたティーカップをガシャンと机に落とした。 幸いまだお茶が注がれていない状態だったので耳障りな音だけで済んだようだ。 「な!何て事を!!誰も近づけさせるなという 王の言いつけをお破りになるなんて!! 後でどんな事になっても私は知りませんよ!?」 その様子から、 どうやらユリは俺がシャナの所へ行っていたのを知らなかったらしい。 ユリの事だから、知っていれば自分も付いてくるか、 必死に止めるなりしたんだろうけど・・・ 「まぁ、そう言うなユリ・・・もし牢にでも入れられる事になったら、 お前の面会だけが楽しみになる予定なのだから」 「な!何を仰っているんです!牢などと縁起でもない!」 「いや、お前にも希様にも、 その覚悟あっての行動だと分かって貰えればいい・・・」 今のシャナに会うという事は、 どうやら牢に入れられる程の罪になる事らしい。 そんな事も知らずにとんでもない迷惑をかけてしまった事に、 俺は今更ながらに気付いた。 「希様、今の王は王であって王ではないのです。 肉体はシャナ王のそれなのですが、何といいますか・・・ 簡単に言うと、彼の中には全く別の人格が存在しているのです。」 つまり・・・二重人格という事なのだろうか・・・ でも二重人格になるには何か原因があるって前テレビで見た事がある。 その何かから逃げたいが為に、もしくは自分を守る術として 自分の中に全く別の人格を作ってしまうって・・・ でも、この世界に俺の世界の事が当てはまるのかは分からない・・・ 「それは・・・ 彼自身が自分の中に別の人格を作ってしまうという事ですか??」 「いえ・・・そうではなく、 全く別の人間の意識が入り込んでしまうというか・・・ いまはもう既に亡くなった者の魂が、 強い念によって今尚この世に存在しているという事なのです。」 そんなことが有り得るのだろうか・・・ しかし自分は先ほどその真実を見てきたばかりだ。 どんなに髪の色が、長さが、顔つきが、声色が 変わってしまっていても、彼は間違いなくシャナその人だった。 「そして、王があの状態になってしまう時には、 必ず月が姿を隠してしまうのです。 正確には・・・月が隠れると王があの状態になってしまうのですが・・・」 「どうして・・・月が隠れるとシャナがあんな風に?? 一体どんな関係があるっていうんですか?」 そうだ。月と一体どんな関係があるというのだろうか・・・ 「それは・・・」 ← → novel index top |