1 それから2週間程経った頃・・・ あまりにも急な事をユリが言い出したので、俺は戸惑ってしまった。 「え?どういうこと?」 俺はユリから発せられたその言葉を直ぐに理解出来ずにいた。 だって、そうだろう・・・いきなり、何の理由もなしに 「王には暫く会って頂く事が出来ません。」・・・なんて。 病気?それとも何か怒らせる事でも言ってしまっただろうか・・・ 俺は必死に考えを巡らしたが、答えは全てNOだった。 じゃあ一体何だって言うんだ・・・ 何で急に会えなくなったりするんだろう・・・ 昨日だって一緒に眠りについたのだ。その時にだって シャナは何も言ってはいなかった。 「王とてとてもお辛いのです・・・どうかご理解下さい・・・」 普段の自分は聞き分けがいい方だと思っていた。 それなのに、今自分の中にある言葉は「なんで」「どうして」 なんていう、酷く子供じみたものばかりだ。 そして何か違和感を感じていた。 「希様が心配なさるような事はなにもありません。 ただ、お一人でやらなければいけない事がおありに なるだけです。」 そう言って微笑むユリの笑顔が、何か違う気がした。 「それは・・・俺や、ユリや、ハウエルさん達にも手伝えない事?」 「ええ・・・王その人以外には、誰も・・・何も・・・」 そう言い切られて、困ったような顔をされては、 これ以上何も聞けなくなってしまう。 俺は一日中、違和感や疑問を抱えたまま悶々としていた。 夜になってもまだ違和感を拭えない俺は、大きな窓を開け、 身体を夜風にさらそうとバルコニーへ出た。 その時にやっと違和感の正体に気付く事が出来たのだ。 光り輝く星の夜。 なのにどこにも月が出ていないのだ。 日中も、いつまでも青白く見えていた月の姿を見ていない。 そんな事は、ここへ来て初めての事だった。 この事が何かとても重要な事で、シャナの事とも関係が あるのではないかと思い、部屋を飛び出した。 すると、扉の前に立っていた護衛らしき2人が慌てて追いかけて来た。 「希様!!どちらへ行かれるのですか!?」 「お待ち下さい!!」 引きとめようとする声を無視して、俺はシャナの部屋へと走った。 思い切り扉を開け、名前を読んでみたが何の反応もなく、 気配すら感じられなかった。 「希様。こんな所でどうなされたのです。」 背後から声が聞こえて振り返ると、ハウエルが立っていた。 ハウエルは、すぐに追いついてきた護衛の2人に手で下がっていい と合図をして、俺に向き直った。 「ユリから王には会えないと聞きませんでしたか?」 「はい・・・でも、急過ぎて納得出来なくて・・・ それに、月が出ていなくて・・・そんな事今まで一度も なかったから、何故か不安になって来てしまって・・・」 ハウエルは何か考え始め、「フム・・・」と唸ってから ゆっくりと口を開いた。 俺は怒られてしまうのだろうかと内心ビクビクしていた・・・ 「いや・・・実に鋭いお方だ。それともこれも愛の力かな?」 そう言ってハハッ・・・!と笑ったかと思うと急に真顔になって、 俺に向かってこう言った。 「着いて来て下さい」 と・・・ 着いてきなさいと言われて、 ハウエルさんの後について結構歩いているのだが、 彼は一向に立ち止まる気配を見せない。 城の奥に進むにつれ、廊下の明かりは徐々に薄暗くなって来ている。 何も深く考えずに付いて来てしまったが、 一言もシャナの所に案内するなんて言われていない・・・ 「あ・・・あの、ハウエルさん・・・」 「はい?」 俺の言葉に振り返った彼は、俺の次の言葉を待っている。 「あの・・・シャナの所に連れて行って下さるんですよね?」 「ええ・・・そうですよ。何か気になる事でも?」 「いえ、ただ随分と遠いんだなと思って・・・ 本当にシャナの所へ向かっているのは不安になったものですから」 「遠い理由も、今の王にお会いになればご理解頂けます。 ただ・・・」 そこで彼がとても深刻そうな顔をして顔を曇らせたので、 俺は何か嫌な予感がしていた。 「ただ・・・なんですか??」 「いや・・・ただ、今の王と会われても決して触れてはいけない」 どういう事だろうか・・・ ハウエルさんは再び歩き出し、俺は慌ててその後に付いていく。 「正確には、触れたくても触れられないのでこんな風に言わなくても いいかもしれませんが・・・でも、貴方の事です、他の人間に 出来ない事でも、貴方ならやってしまうかも知れない・・・ だから、約束して下さい。王に触れないと・・・」 ハウエルさんのその真剣な横顔に、俺は無言で頷いた。 シャナに会うためには、頷かざるを得なかった・・・ そのまま無言で歩き続け、重厚な扉の前に立つと、 その微かな隙間から底冷えのするような冷たい空気が流れ 出しているように感じた。 雰囲気がそう感じさせるのか、本当に冷気が流れているかは 分からないが、恐らく後者なのだろうと思う。 ハウエルさんが開錠し、ギイッという音を立てて扉が開く。 鳥肌が立つような冷気に包まれた扉の向こう側に目を凝らすと、 まず鉄格子が見えた。 しかし普通の鉄格子ではなかった。鉄格子には模様がついていて、 例えるなら西洋の大邸宅やお城の門のような、そんな感じだ・・・ その鉄格子の向こうには、見慣れない人が椅子に腰掛けながら 眠っているようだった。 その人の髪は長く美しく、まるでこの世界の月のような、 水色がかった銀のような色をしていた。 立てば膝の裏あたりまでありそうな・・・あるいは もっと長いのかも知れないが、座っている状態ではそれを 知る事は出来なかった。 ただ、こんな薄暗く孤独な場所に居ていいような人ではないと感じた。 「あの人はなぜこんな所に??何か悪い事でも??」 俺がそう言うと、ハウエルさんは薄く笑った。 「そうではないのですよ、希様・・・」 → novel index top |