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「月の王は紳士的でとても賢い方、まさしく名君であると、
我が太陽の王は常々申しております。」
 
「ほう・・・それはまた、随分と高く評価されているらしいな」
 
キエトの方角に太陽が位置し、我がルミナエル王国が
月の方角に位置してる事から、近隣諸国には、
俗にキエトは太陽の王国、ルミナエルは月の王国などと
呼ばれているのだが、この使者が言いたいのはもっと別の事で、
要するに自分の国は光、我が国が闇とでも言いたいのだろう。
光を求め続けるものは、闇の安らぎを知らないものだ。
 
「ええ、私共の国は貴国を高く評価しております。
だからこそ、先程も申し上げましたように、話し合いの
場を設けて頂きたいのです。お互いに無益な争いは避けるべきでしょう」
 
「無益?確かにこちらにとっては無益だが、そちらにとっては
充分有益なのでは?もちろん、「栄華」を手に入れられればの話だが?
それに、一足遅かったな。既に「栄華」はこの国と契っている」
 
国と契ったという事は、王と契ったと言う事だ。
 
「!!」
 
男は「まさか!」という顔をしている。予想外の展開なのだろう。
確かに、希の様態の変化は今まで文献に残されるどの
「栄華」よりも早かった。
 
「ところで、一つ質問をしてもいいだろうか?」
 
男は驚いた顔から、サッと元の冷静な顔に戻り、「はい」と短く返事をした。
ずっと気になっているのだ。
どうしてこんなにも早くキエトに希の存在が伝わったのが。
 
「「栄華」が私の元に降り立ってからまだ数日しかたっていない。
にも関わらず、何故こんなにも早く「栄華」が現れた事を知り、
この国までたどり着けたのだ。
「栄華」が降りたったその日その夜に国を出なければ、
こんなに早く着く筈がない。」
 
「数日前の夜中、王が、月が太陽のように光ったと仰られたのです。
”栄華”」が来たに違いないと、今直ぐに月の王国へ向かえと・・・」
 
あの時、目を開けていられない程の光と共に希がこの世界に降り立った。
あの光がキエトからも見えたというのだろうか・・・

だとしたら、どんなに強い光だったのだろう。
 
「そうか・・・。話し合いの場を・・・との事だが、それは出来ない。
先程も申したように、既に契りは交わされている。
「婚礼の儀には、是非招待させて頂く」とお伝え願えるかな?」
 
「しかし!」
 
制止したものの、予想外の事にどう判断していいのかわからないのだろう。
それ以上男の言葉が続く事はなった。

それからその使者を念のため希の居る部屋から一番遠い
客間へ通し、次の日の昼、彼を国へ帰らせた。
 
契りを交わした事を知った以上、下手な手出しは出来ないはずだ。 
栄華と契った国に手を出す事は”栄華の意志”に背くことになるからだ。
栄華の意志に背けばその国が衰退するという考えをもつ者は多い。








 昨日、約束した通りにシャナと夕食を食べた。
一昨日まで全く食欲がなかったのが嘘のように、
出されたものを全部平らげてしまった。もちろんデザートまで・・・
 
この国の料理はとても美味しいと思う。日本でジャンクフードや
味付けの濃いものに慣れていたからか、少し薄味に感じたが、
それでも充分に美味しかった。
 
目の前に・・・(といっても日本の普通の食卓より距離がかなり
離れているが)シャナがいて、なんだか不思議な感じがした。
彼の食事の仕方はとても優雅で、とても自分と同じものを
食べているようには思えなかった。
 
「希さま?希さま!?」
 
「え?あ、ユリ・・・どうかした?」
 
「どうしたじゃありませんよ!何度もお呼びしましたのに」
 
「あ、ああ、ごめんね、ちょっとボーッとしちゃった」
 
いけない・・・シャナの顔を思い出してボーッとしてしまった。
今はユリの話を聞いている途中だった。
 
「話を続けますよ?」
 
「うん。」
 
「今までは歩きたくても歩けない状態でしたから申しませんでしたが、
これから希さまは城内と言えどもお一人で出かける事は出来ません。
城外に出る時は最低10名の護衛を付けさせて頂きます。」
 
10人なんていったら相当多い数だと思うんだけど、それでも
城外には出られるんだ!外には何があるんだろう!楽しみだなー!
ユリの言葉はさらに続く。
 
「希さまは「栄華」なのです。「栄華」を迎えた国は栄えます。
契ったとはいえ、己の私利私欲のため、よからぬ考えを持った輩もいます。
栄華である貴方を売り渡せば、相当な額を受け取れる訳ですから。
そういうわけで、絶対に私に無断で部屋を出ないように!!」
 
絶対にと言ったユリの顔があまりにも真剣で、俺は思わず
「はい!」と頷いてしまった。
 
「あ、でも、どうしてその「栄華」って言うのが来ると国が栄えるの?
だって、今までこの世界に来た人たちだって俺と同じタダの人間で、
特別な力を持っているわけではなかったんだろ?もちろん俺だって
そんな力ないし、到底国を栄えさせる事なんて出来ないと思うんだよね。」
 
そうだよ。俺なんてただの人間だし、もし超能力者や霊能者なんか
だったら分からないけど、そんな人間、そうそう居るわけがない。
・・・もしかして、今までの「栄華」とやらはそういう人間ばかりだったのか?
だったらどうしよう。
 
「何も不安に思う事はありません。貴方は何もしなくても良いのです。」
 
「どういうこと?」
 
「言葉で説明するよりも、実際に見て頂いた方が納得出来ると
思います。私からお願いするよりも、希様から城外へ連れていって
欲しいとお願いされた方が、王もきっとお喜びになられます。」
 
「あ・・・うん」
 
一瞬にして、
「シャナと出かけられる」とか「シャナが喜んでくれるなら!」
と考えてしまった自分はもう相当にヤバイ。
完全に元の世界に帰らなくてもいいとはまだ思えないけど、
それでもこの世界に留まる決心はついていた。
 
もし向こうに肉親が一人でも生きていたら、こんな風には
決して思えなかっただろうけど・・・





 
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