3 薬事件から既に1週間が経った・・・ つまり、俺がこの世界に来てから一週間が経ったというわけだ。 例の薬はもう二度と嫌だとぼやいたら、 ユリがもっと飲みやすくしたものがあるから。と、 錠剤にして持ってきてくれた。 (最初からそれを出せと思ったがそれは口にしなかった) 今は定期的にそれを飲み、そのおかげでなんとか起き上がれている。 ユリと呼び捨てにしているのは本人がそれを望んだからだ。 そして、敬語を使う事もやめて欲しいと言われた。 王の事は、シャナと呼ぶにはあまりに気が引けて、 ユリ同様、王と呼んでいる。 そして敬語もそのままだ。 ここで少し訂正しておきたいのだが、ユリは少女ではなかった・・・ 年齢はなんと俺と同い年で、しかも、女でなく男であるらしいのだ。 俺が「ちゃん付け」で呼んだとき、自分は男だからその呼び方は・・・ とやんわりと否定された。 ユリが自分を男だと言った時は信じられなかった・・・ 何しろ背は俺より10cm程低く、栗色の美しい髪は背中まで伸び、 目はエメラルドのようで丸い。 要するに可愛いのだ。物凄く。 どうやら容姿の事を気にしているらしいので、その事は言わなかった。 とにかく、彼とは随分仲良くなれた。 そこで俺は、この一週間、ずっと考えてきた事を口にした。 「ユリ・・・話しがあるんだ・・・」 「はい、なんでしょう?」 ユリはカップにお茶を注ぎ、俺の元へ持って来てくれる。 その手を見ながら、呟くように話しはじめた。 「誰かに抱かれなきゃ生きられないって話の事なんだけど・・・ 本当に、本当にそれ以外に方法はないんだよね」 「はい・・・残念ですが・・・」 「ユリは、嫌かも知れないけど・・・ 俺、ユリ相手なら耐えられると思うんだ。」 決して顔は見ずに言った。 顔を見ながら言えるような内容ではないのだ。 俺は、抱かれるのが「絶対に」王でなければいけない なんて聞いていなかったし、 この国の人間なら差し支えはないと思っていたのだ。 ”キィ・・・” ユリの言葉を聞く前にゆっくりと扉が開いた。 ノックもせずに入ってくる人物は一人だけなので、 王が入ってきた事はすぐに分かる。 しかし、いつもならすぐに身体の具合を聞いてきたり、 頭を撫でたりしてくるのに、今は部屋に入ってきても黙っている。 しばらくの沈黙の後、王がゆっくりと口を開いた。 「随分と、仲良くなったものだな・・・ ユリに抱いて欲しいとおねだりするなんて」 いつも優しくしてくれていたのに、一体どうしたのだろうか その顔も、その声も、何故か怒りに満ちていた。 恐いと感じていたが、何故かとても悲しい気持ちにもなる。 空気がビリビリと震えている。 しかし、王に失礼な事も、怒らせるような事もした覚えはない。 「何故、そんなに怒っていらっしゃるんですか・・・ ユリは俺にとても親切にしてくれて、ユリなら信用できるから ・・・だから、助けてくれとお願いしていたんです。 それ以上の意味はありません。」 そこまで言うと、王はユリに出て行けと顎で合図をした。 ユリはとても不安そうな顔で、何度も俺の方を振り返りながら去っていった。 「お前は、何故ユリばかりに気を許す。惚れたのか」 「そんな!俺は彼を友人だと思っています。」 この一週間ずっと俺に付きっ切りで世話をしてくれたり、 話相手になってくれているのだ。 彼はどう思っているか分からないが、俺は彼をそう思っている。 「お前の国は友人と寝るのか」 「そんなわけないじゃないですか!どうしてそんな事を言うんです。 貴方が俺に教えてくれたんじゃないですか!この国の 人と交わらなければ死ぬと!だから俺は、彼なら耐えられると思って、 そう思って頼んだんです!!」 「そうか、だが聞いていなかったのか?お前を抱くのは、私なのだと・・・」 「聞きましたが、必ず、絶対にあなたでなければいけないとは聞いていません。」 「これはまた・・・随分と都合のいいように解釈したものだな・・・ 残念だが、必ず、絶対に、私でなくてはいけないんだ。」 そう言うと、王は俺の両肩を強く掴んだ。 「い、痛いです・・・離して下さい。」 「私の事は、好きになれないか・・・」 呟くように言ったその声が、何故かとても切なくて、 何故か胸がぎゅっとつぶされるような気がした・・・ 「私はお前を好いている。一目見た時から。」 す・・・好き・・・?こんなに偉い人が・・・男の人が・・・俺を? 頭が混乱してしまった。 何しろ、今の今まで一度も告白されたされた事がなかったからだ。 その逆に、告白した事も一度もない。 だから童貞なわけだが・・・って、そんな事はどうでもいい。 そういえば、初めてここに来た時の事を俺は何も知らない。 ベットで目が覚めた時は、もう俺の事を知っているようだったし。 「あ、あの、初めて見た時って、一体いつ・・・」 「ああ、話していなかったな・・・」 話し始めると同時に肩を掴んでいた手を緩め、王が手を握ってきた。 今まで何度もこうして手を握られているが、癖なのだろうか・・・? 「その日の夜、俺はなかなか寝る事が出来なくて、ずっと 月を見ていたんだ。暫くして月が段々とその光を増していき、 目も開けられない程の眩しさが私を襲った。 それは一瞬の事で、次に目を開けた時には、 もうお前が目の前にいたんだ。フワフワと宙に浮いて、 薄紫の綺麗な光をまとったお前はとても美しかった。 私が両腕を差し出すと、お前が私の元に降りてきて、薄紫の光が消えた。」 その時の事を語る王は、まるでその夢を見ているようにうっとりとしていた。 そして握っている手を優しく撫でてくる。 普通に聞いたら信じられない話だが、もう普通でない状況に慣れ始めた俺は、 別段驚く事もなかった。 しかし、そんな風に嬉しそうに話されては、何だか照れてしまう。 「あの・・・それだけで・・・俺を好きに?」 「一目ぼれとはそういうものだと思うぞ。 私も一目で人を好きになるなど初めてだからよくは分からないが・・・。 ああ、そういえばその夜、眠りについている間に随分うなされていたようだが・・・ 今は嫌な夢を見ないか?」 「?」 そういえば、嫌な夢というか・・・とても不安な夢を見ていた気がする。 あの時疲れて眠ってしまったせいだろうか。 でも途中で誰かの声が聞こえてきたんだ。何といわれたのかは 思い出せないのだけれど、 その言葉を聞いてとても安心したような気がする。 誰かによばれたような・・・ああ、思い出せない。 考え込んでいる俺を見て、王は不安げに見つめてくる。 取り合えず、話を続けなければ・・・ 「その日は、とても辛い事があって・・・」 「辛い事?」 「・・・はい。」 俺の身の上話などつまらないだろうとは思ったが、 とても優しい目を向けられていたので 父が物心つく前に他界したこと、そして、この世界に 来る前の日に母が他界したことを話した。 「ああ、希・・・」 王は、話をしてる俺よりも辛そうな顔で俺を思い切り抱きしめた。 そういえば、さっきまで言い合いをしていたのに、いつのまにか こんな事になってしまっている。 「希・・・希・・・」 俺の名を繰り返し呼んでは、頭を撫でてくる。 大人の男が何甘やかされてるんだ。と頭では思っていたが、 妙に心地よくて身体を任せてしまっていた。 「私がずっとお前の傍にいてやる。 これからは何があってもお前を守ってやれる・・・希」 あ・・・ その言葉・・・。 夢の中でもそういわれたんだ・・・こんな風に、優しい声で・・・ 何故か心が温かく、満たされていく。 「俺・・・夢で、あなたが今言った事と同じ事を聞いたんです。 何があっても守ってやれるって・・・」 「希・・・」 「その声を聞いたから俺はこの世界に来たような気がするんです。」 自分でもよく分からなかった。 けれど、あの声が聞こえて来なければ自分は今この世界にいなかったと思う。 この人が、俺を呼んだのだ・・・ 何故かそう確信していた。 「私の・・・せいか・・・私が、出会う前からお前を求めていたんだな・・・」 「貴方のせいだとは感じていません。むしろ、貴方のおかげだと感じているんです。 この世界に来た時、俺はどうにかして元の世界に戻りたいと思っていました。 だけど、貴方の先ほどの言葉を聞いた時何故か、 こちらの世界に来て良かったのだと感じました。」 ← → novel index top |