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「おはようございます。どこか具合の悪い所はございませんか?」

「あ、はい・・・」

その女の子はとても丁寧な言葉遣いで話しかけてきた。
見た目は15、6歳だろうか??
 
「あ、あの俺、どうしてこんな所に?確かに部屋で寝ていたと思ったんですが・・・」

「え?まさか・・・」

言いかけて、何かに気付いたようにドアをあけて頭を下げた。
 
「もういいよ、ユリ。下がっていなさい」
 
そう言って部屋に入って来た男の顔を見て、俺は呆然とした・・・
整っている・・・整いすぎる程整っているのだ。
とても綺麗なのだが女性的ではない。明らかに男だと分かる。
日本人の顔ではなく・・・北欧系の顔で、
年は30歳くらいだろうか・・・俺には全くない色気があって、
背も俺より高い・・・180cmはあるだろう。
 
とにかく、同じ男として土俵にもあげてもらえないような容姿だ。
 
「どうした?そんなに人の顔をじっと見て」

そう言って顔を目の前に近付けられた。

「え!!?あ、すいません・・・」

イロイロ考えているうちに、ジロジロと見てしまっていたようだ。
失礼な事をしてしまった・・・。
 
それにしても日本語が上手い・・・ってそうじゃなくて。

「あ・・・あの、さっきの子に聞きそびれてしまったんですが、
ここは一体・・・それに、自分がどうしてこんな所にいるのか分からなくて・・・」

「儀式をしただろう??」

片眉を器用に持ち上げ何を言っているんだ?とでも言いたそうな顔をされたが何の事なのか見当もつかない。

儀式?なんの事だ?俺はオカルト的なものに興味なんてない。

「え?何の事ですか?」
 
「まさか・・・何も知らずに?
しかし、儀式をしなくてはこちらに来る事は出来ないはずだ。
それに、清らかな身でなければ・・・」

こちらにくる?清らか?何のことだかさっぱり分からない。

「まぁいい、取り合えず、説明してやろう」

「はい・・・お願いします」
 
それから俺は彼が言う儀式の内容について説明を受けた。
 
儀式とは、ある特別な石に満月の光を当て、それに口付けをするというものだった。
(言いたくないが、童貞でなければダメらしい。)
その石というのが、どうやらこの首飾りの石の事らしかった・・・
信じられないのだが、俺は全くの偶然でその儀式を行ってしまったようだ。
そしてもっと信じられない事に、ここは日本でも、ましてや地球でもないらしい。
 
全くの「異世界」。俺には宇宙の仕組みだとか、太陽系以外の惑星だとか、
そういった知識は全くないので、そう表現するだけで精一杯だ。
 
帰る手段はないのかと聞いたが、黙って首を横に振られてしまった。
 
会社の事も心配だし、何よりも母の遺骨を残してきた事が不安だった。
ずっと連絡が取れなかったら、会社の同僚か誰かが心配して見に来てくれるだろうか。
そう考えて、それを信じる事にした。
 
俺が終始不安そうに話を聞いた後、
考え込みながらずっと俯いていたからだろうか、
彼がそっと手を握って来た。
 
まるで、”大丈夫だから、心配するな”と言われているで、
俺は不覚にも、ちょっと泣きそうになってしまった。
 
いつか必ず帰る手段を見つけてやる!と心に近い、
それまで取り合えず頼らなければいけないと思うこの人の名前を聞く事にした。
 
「あ!あの、名前・・・伺ってもいいですか?」

「ああ、私はシャナ=ルイマリズ=エコーダ。シャナと呼んでくれ。君は?」

「俺は・・・国元希(クニモトノゾミ)。希でいいです。」

「そう、希・・・いい名だ」
 
「それでな、希、大切な事を言うが・・・」

「はい?」
 
なんだろう?まだ俺の想像を超える何かがあるのだろうか?
 
「君は、この世界の誰かと交わらなければ生きていけない。
そして、その誰かとは、この国の王である、私なのだ」
 



その言葉を聞いて眩暈がした。
 
確かにいい男だとは思うが、それは決して
性的対象として言っているのではない。
ごく一般的な意見であって、俺にはそんな趣味はない。
 
とにかく俺は、その話の続きを聞く事にした。
その話によると、異世界からくる人間はこの土地の空気に弱いという事だった。
 
空気中に含まれる酸素(らしきもの)は地球のものとは違っていて、
身体に害を成す成分が多く浮遊しているらしい。
(この土地に生まれ育った人間は免疫があって、害にならないんだそうだ。)
それは、今までに異世界からやってきた人間全部に当てはまる事で、
初めてこの世界に来た者は、原因が分からずそれが原因で二ヶ月程で亡くなったらしい。
 
二番目に来た人間は女性で、当時のこの国の王と一ヶ月程で恋に落ち、
身体を重ねた所、ここの空気が全く平気になったという・・・
 
その後もこの世界にやってきた人間が色々と試したが
結局は誰かに抱かれなくては生きていられなかったらしい。
 
この、「抱かれなくては」が曲者だった。
相手が女性で、する側ではダメらしいのだ。
つまり、誰かの精液を身体の中に入れなければいけない。
 
そんな話を聞き続けてますます眩暈が酷くなる・・・
比喩ではなく、本当に頭がクラクラしている。
 
「大丈夫か?顔色が悪い・・・早速身体が弱り始めたか・・・」

自らを王だと名乗った男は、俺の顔を覗き込みながら
その綺麗な顔を曇らせて、心配そうに再び手を握って来た。
まさか本当にこの国の空気のせいで具合が悪くなったのだろうか・・・?
その話を半信半疑で聞いていたのだが、
自分の身に現実不調をきたし始めれば、本当に信じなければならなくなった。
なんて事だ・・・
 
「まさかこんなに早く具合が悪くなるなんて」

王はそう言うと、ベットの淵に座って話を聞いていた俺を横になるよう促し、
ユリと呼ばれる少女を呼び出した。
俺は頭の隅で、こんな綺麗な人が、しかも王なんて立場の人が、
俺を心配するなんて信じられないと思っていた。
 
「お持ち致しました、王」

少女は手に何かの液体が入ったビンと、
ウォッカを飲むような小さなグラスを持って戻ってきた。

「ああ、私がやる。貸してくれ。」

「はい」

王は渡されたグラスに液体を少量注ぎ、俺の目の前に差し出す。

「この薬を飲めば気分が良くなる筈だ・・・」

良く分からな薬を飲まなければいけない事にもちろん抵抗はあったが、
それでも今はこの人に従う事が正しいのだと思う。

「はい・・・手間を取らせてしまってすいません」

一応薬やその他のアレルギーはないので、
素直に受け取って一気に口に含む。
 
・・・・・・・・・・・・とてつもなく・・・・・・・・・・・まずい・・・・・
 
その苦さは壮絶で、とても飲み下せそうにない。
元々俺は苦いものが大嫌いなのだ。この歳でピーマンが苦手なんだ。

なのにこの薬の苦さと言ったら・・・
良薬口に苦しなんて言うけど、度を越している。
 
口の中でモゴモゴと液体を転がしているうちに、涙が出てきた。
まさかこんな場所で、しかも目の前に人がいるのに吐き出すわけにはいかない。
 
「どうした?何故泣いてる??」


「んー!ん、んーーー!」

とにかく俺は飲み下せないという事を必死にアピールした。
こんなにじたばたと暴れたのは初めてかも知れない。
周りから見たらどんなに滑稽な姿だろうか・・・
しかし王は神妙な顔つきで俺の顔を見つめ、
やがて事態を察知したような顔をした。
 
そして・・・
 
俺の唇に自分の唇を重ねてきた。
咄嗟の事で訳が分からず、驚いてその薬を飲み込んでしまった。

「どうだ?飲み込めただろう?」

俺の目の前でにやりと笑ったその顔は、とても一国の主の顔ではなかった。
俺は薬の苦さも忘れ、その場で呆然としてしまった。







 
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