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あの事件から半年近く経過しているある日、
ついにユリに子供が生まれた。

予定日よりも少し遅れて産まれて来たこの新しい命に
ユリとハウエルさんは“シン”と名付けた。
ハウエルさんに似た赤い髪と、ユリに良く似た美しい瞳の男の子だった。

いつもは冷静なハウエルさんも、産まれた時には物凄く
喜んで、うっすら涙目になっていたのを俺は知っている。

その光景を見てシャナも優しい表情で微笑んでいた。


俺はと言うと、すっかりお腹も大きくなって、
仰向けではとても寝られないようになっていた。

お腹の中で動くようにもなったし、日々成長を感じている。

最初は不安だったけど、こうして順調に成長してくれると、
徐々に自分が親になるんだという実感も湧いてくる。

元の世界で普通に結婚して親になったとしても、
こうして自分の中に新しい命を感じるというのは決して体験出来なかった事だ。

それから例の赤い線がおへそのまわりをきれいにぐるりと囲んだ。

唯一不安があるとすれば、この線のことなんだ。

植物のような模様を形どり、ユリが妊娠している時に出て来た
線とは明らかに模様が違っていた。

先生もシャナもこれは間違いなく栄華の証だと言っていた。

でも、誰も本物を見た事はない。

これがもし栄華の証ではなかったら?

みんなの、栄華誕生の期待に応えられないのではないだろうか。

そう思うと堪らなく不安になるんだ。

もちろん俺はこの子がたとえ栄華ではなくても愛おしいと思う。

でも・・・期待が高まった分、現実との落差にがっかりされてしまわないだろうか?
たとえ栄華でなくてもシャナは喜んでくれるだろう。
でももし、ほんの一瞬でもがっかりしたような表情を見てしまったら・・・

そう思っていたら、シンがぎゃー!っと泣き始めた。

ユリがおしめも濡れていないしミルクも飲んだばかりなのに
と言ってあやしているがなかなか泣きやみそうにない。

俺もどうしたんだろうと思って、そっとシンの手を握る。
そうしたらピタリと泣きやんだ。

「あ、希様を呼んでいたのでしょうか?」

あまりにもピタリと泣きやんだので、俺もそんな気がしてしまった。

「少し、抱かせて貰ってもいい?」

「はい。もちろん!」

小さな身体をそっと受け取ると、その美しい瞳で俺をじっと見つめてくるシン。

「シン、どうしたの?俺を呼んでいたの?」

そう問いかけると、今度はぱぁ!!っと笑顔になる。

子供の笑顔って凄い!

俯いていた気持ちが急に晴れてしまった。

こんな事を考えていてもしょうがない。分かってるんだ。

もっと強くならなくちゃ。
誰が何を言っても、このお腹の中の子は俺とシャナの大事な子供なんだから。

「シン、ありがとう、お前は優しいね。俺の子供が産まれたら、
一緒に遊んでやってね。」

「こんなに赤ん坊の頃から、シンは面食いだな。」

一連のやり取りをみていたシャナが急にそんな事を言うもんだから、
俺はおかしくて笑ってしまった。

その時だった。

急にお腹に違和感を覚える。

「ごめんっ・・・シンを・・・」

急いでシンをユリに託した後、急に強い痛みが襲ってくる。

「うっ・・・!」

「希!?誰か医者を呼べ!」

「王よ!希様は産気づかれたのでは!?」

二人の話し声が遠くで聞こえるようだった。

慌ただしい足音が近づいてくると、俺は先生の元へと運ばれた。

痛みと不安で隣にいるシャナの腕を強く掴んでしまう。

「シャナ・・・ごめ、う、で・・・」

「いい!そのまま掴んでいろ!お前と子供のためなら、腕など何本でもくれてやる!」

「はは・・・さすがに、貰えない、よ・・・」

「希様、ゆっくりと息を吐くのです!」

先生が俺と一緒に深呼吸をする。

「ふぅーーーっ」

痛みの波は収まっては繰り返し襲ってくる。

どこかで冷静な自分が居て、これが世に言う陣痛?なんて考えていると、
また大きな波が来て何も考えられなくなってしまう。

「さあ、希様、横になってください!」

「希、私が付いているからな!」

何度も息を吐き、何度も痛みの波を超える。
もうどれだけ時間が経っているかも分からない。

ここを頑張れば、お腹の子に逢えるんだ。
でももう意識がもたない!っと思った瞬間、部屋に産声が響いた。





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