その日の飲み会の場で、僕は一番端の席に座った。 もちろん彼は主役なので、端ではなく輪の真ん中にいる。 僕はこの2週間、緊張のしすぎで胃が痛かった。 そして結局、7年の意味も分からないままだ。 彼も仕事以外の事で僕と会話をするつもりはなかったようで、 必要最低限の会話が繰り返されるだけだった。 あの言葉の意味が気にならないわけではなかったが、 あえてそれを聞くような事も出来なかった。 彼がそれ以上何も言って来ないのは、きっと話したくないからなんだ。 きっとこの2週間ですでに僕の事を面白みも何もない人間だと思っていだろう。 ・・・悲しいけど実際にそうなのだから仕方がない。 別に僕自信それが悪い事だなんて思っていない。 人にはそれぞれその人に合った生き方というものがあるんだ。 なんて自分に言い聞かせて、 結局は彼と自分を比べてしまっているだけなんだろう。 7年の意味の代わりに分かった事と言えば 意外な事に彼は、礼儀正しくてしっかりしているという事だった。 物覚えも良いし、応用も効く。 やっぱり学生時代とは違うのかな? それとも、学生時代も僕が知らなかっただけで、 彼は元々こういう性格だったのだろうか? もしそうだったとしても、きっと話しかけるなんて事は出来なかったに違いない。 この二週間を思い返しながらカクテルを飲んでいると 少し遅れて来た先輩が僕の隣の席に腰をおろした。 女子社員はみんな彼に夢中なので、彼から遠いこの席の周りは 空いているのだ。 「おーおー、みんなすっかり黒崎の虜になっちゃってまぁ・・・」 先輩はジャケットのボタンを外しながら彼の方を見た。 「本当ですね。」 「まぁ、あれだけ顔がよけりゃな。多少仕事が出来なくてもモテるんだろうが、 実際は仕事も出来そうだしな。」 「そうですね。飲み込みも早くて、 すぐに教える事なんてなくなっちゃいそうです。」 先輩は僕の言葉に笑ってビールを注文した。 そして思い出したかのように携帯を取り出す。 「新作、見るか?」 先輩の言葉にコクコクと頷く。 先輩が差し出した携帯のその画面には、僕の大好きな 猫の写真が表示されている。 「わぁ・・!かわいいっ!!」 僕は昔から猫が大好きで、 それも先輩が飼っているのは物凄く美人な白猫なのだ。 僕が猫を好きな事を知っているこの先輩は、新しい写真を撮る度に僕に見せてくれていた。 僕が先輩の携帯をみると同時に“ガチャン”というグラスの音が聞こえてくる。 「あ・・・すいません」 グラスを倒したのは彼だった。 「飲みすぎたみたいで・・・」 なんて言っているけど、彼の顔色は全く変わっていなかった。 お手ふきでこぼれたビールをさっと拭くと、まわりの“大丈夫?”なんて声も 聞こえていないかのように、おもむろに席を立って僕の方に歩いて来た。 「西山さん、今日このあと泊めてくれる約束でしたよね? 俺ちょっと酔ったみたいなんで、 すいませんけど早めに西山さんの家行っていいですか?」 「え・・・」 そんな約束は一切していない・・・ そもそも仕事以外の話をした事なんてなかったじゃないか! 「じゃあ皆さん、僕は少し飲みすぎたみたいですので失礼します。 これからも精一杯頑張りますので、ご指導のほどよろしくお願いします。」 彼はさっさとあいさつを済ませると、僕の腕をつかんで店の外につれていく。 「く・・・黒崎さん!?」 店を出て一歩路地裏に入ると、彼が急に僕を抱きしめて来た。 「え・・・な・・・」 なぜ彼が僕を抱きしめているのだろう・・・ それに何故あんな嘘をついて俺を外に連れ出したんだろう・・・ 何故・・・何故・・・!? 「黒崎・・・さん、なんで、こんな・・・」 訳が分からなく必死に胸を押し返そうとするが、 彼はますます腕に力を込めるのでそれは叶わない。 「っ・・・ちゃんと、説明するから、頼むから、俺にその時間をくれないか」 とても断れる状況じゃない。 いや、こんな声を聞いてしまったら断るなんて出来ない。 泣き出しそうな、震えた声を聞いてしまったら・・・ 「・・・わ、分かりました」 俺の言葉を待って、 ゆっくりその腕から僕を解放すると、路地裏から表に出てタクシーをとめた。 「ど、どこに?」 「西山さんち・・・皆のまえでああやって言って出て来たから 方向が違うと怪しまれる。」 「そ、そうですね・・・」 乗り込んだタクシーの中で、会話が交わされる事はなかった。 ただそっと、彼の手が僕の手に重ねられていた。 後編へ novel index top |