三年前の4月 新入社員に見覚えのある顔があった・・・ 短期大学出身の僕は運よくこの会社に就職出来たため、 このころ既に今の会社で働きはじめて二年が経っていた。 四大に行っている同級生が入ってくれば社会人として 二年後輩になるのは当たり前だったのだが まさかあの人物が入って来るなど誰が予想していただろうか. あの≪蛇≫の異名を持つ黒崎が来るなんて・・・ 彼が高校卒業と同時に地元を離れる事は知っていた。 しかしそれ以上の事は何も知らなかった。 進学したのか就職したのか、それすらも分からなかったのだ。 彼に関しては、極道の息子だのケンカで百人以上病院送りにしたとか、 そんな危ない噂ばかりだった。 そんな噂を”ただの噂”だと一蹴する事が出来なかったのは 彼にそれだけの雰囲気があったからだ。 しかし、畏怖の対象であるとともに、 彼はその類い稀な容姿から常に皆の注目の的だった。 当時の彼の異名はいつも右手の人差指にしている シルバーリングからきているらしかった。 容姿が蛇のようであるというわけではない。 目つきは鋭いけれど、蛇のようであるわけではない。 彼は昔から綺麗な顔立ちをしているのだ。 そして、その容姿から引く手数多だったにも関わらず、 彼にとって親しいと呼べる友人は一部に限られていたように思う。 僕もけして友人が多かったわけではなかったが、 望む方と望まれる方では、比べる対象にはならないだろう。 そんな彼の事だから、高校時代は結局一度も口を利かなかった僕ですら 彼の存在はずっと脳裏に焼き付いていた。 そういえば、隣の高校の≪狼≫と呼ばれていた彼と 行動を共にする事が多かったと聞いている。 当時は名前も知っていたような気がしたけれど、 今はその≪狼≫の名前は思い出せなくなってしまった。 高校時代は席が近くになるような事もなかったが、 クラスでも地味だった存在の僕が彼の視界に入った事などあったのだろうか 。 高校時代を懐かしむと、自分でも良く分からないが 必ず彼を真っ先に思い出していた。 これだけ彼の事を鮮明に覚えていたとしても 結局、僕と彼の間に、たった一言のやり取りさえ生まれる事は なかったのである。 そしてそれから三年の月日が流れ今日に至る。 同じ会社に働いて居ながら、結局この三年、学生時代と何ら変わらずに居た。 しかし今年、部署異動のこの時期。 今目の前にあの≪蛇≫がいる。 「えー、我が企画部に黒崎くんが来てくれる事になった。 とりあえずしばらくは西山に付いてこの部署の事を学んでもらう。 西山、頼んだぞ」 申し遅れましたが、僕の名前は西山幸樹です。 そうです。西山です。 部長のいう西山とは僕の事です。 「西山さん、よろしくお願いします。」 蛇が俺に向けて言葉を放つ。 「え、あ、ぁ…こ、こちらこそよろしく…」 これが正真正銘、僕と彼の初めての会話だ。 そして、彼から握手を求められ、 僕は少し戸惑いながらそれに答えた。 そしてその手を、予想だにしていなかった力で握り返されたのだ。 「あ・・・あの・・・黒崎、さん??」 訳が分からなくて手を引っこめようとするのだが、それが叶わない。 まさか彼が僕を知っている・・・ いや、覚えているなんて事があるのだろうか・・・ 「7年・・・」 「え?」 僕以外には聞こえないような小さな声で≪蛇≫は言葉を発する。 「7年分・・・覚悟しとけ・・・」 まさに蛇に睨まれた蛙とはこの事だ。 その鋭い眼光に射抜かれて上手く頭がまわらない。 7年分とは一体何の事なのだろう。 「えー、じゃあ、歓迎会は来週の金曜日! 皆定時で上がれるように業務を調整してくれよー」 なんていう部長の呑気な声に、女子社員が色めきだって居るのが 聞こえてくる。 「西山良かったな!うちの部ではここ何年も 新卒とってなかったし、初めての後輩じゃないか!」 なんて声をかけてくれる優しい先輩の声も今はただ耳をすり抜けて行く。 これから僕はどうすればいいんだ・・・ 中編へ novel index top |