10




この国の昼は短い。
いや、正確には、太陽の出ている時間が短いのだろう。
それはこうして外に出たから分かったわけではなく、
室内にいた時から感じていた事なのだが・・・
 
先程休憩がてら昼食をとって、再び歩き始めた時には、
もう日が傾きかけていた。
 
昼が短いという事は、その分、夜が長い。
夜は月の光が強く、星も数え切れないほど瞬いている。
俺はこの国の夜が好きだった。
月の光はシャナに似ているからだ。
 
「何を考えているんだ?」
 
馬に乗って、俺を包み込むようにして後ろから手綱を引いている
シャナが、考え事をしていた俺に話しかけてきた。
 
「この世界は、昼は短くて夜が長いんだなぁと思って」
 
「そうだな・・・他の国にはその逆もある。
希は夜が好きではないのか?」
 
「いいえ。月の光がシャナみたいで、それに星もいっぱい
瞬いているし、俺はこの国の夜は好きです。
今までいた世界の夜は、月もこんなに明るくないし、
星もあんまり光ってなくて、暗くて好きじゃなかったけど・・・
でもそれはきっと気の持ちようっていうか・・・
母さんが長いこと病院にいたから家では一人きりだったし、
自分が気付いてないだけで本当は寂しかったのかも・・・
でも今は、夜にはシャナがいてくれるから、だからこの国の夜は好きです。」
 
「フフ・・・随分と嬉しい告白をしてくれるね。
つまり、私が居ない夜は寂しくて嫌いだと・・・?」
 
そんな事を言ったつもりはなかったが、
確かに人が聞いたらそう聞こえてしまうのだろう。
後ろから強く抱き締められ、うなじにシャナの唇の熱を感じる。
うなじに唇を付けられたまま、「好きだよ」と囁く振動を感じて、
真っ赤になって俯いてしまうと、後ろから「コホンッ」
と咳払いする音が聞こえた。
あの、赤茶色でウエーブのかかった髪を持った人物だった。
 
「なんだハウエル・・・文句でもあるのか」
 
シャナは上機嫌な様子でそのハウエルという人物に話しかけた。
そういえば、何日か前に、自分の扉の向こうから話しかけてきた
人の名前もハウエルといったっけ・・・
あの時の人物と、この人はきっと同一人物だろう。
 
「とりあえず、ここは城内でない事を思い出して頂きたい。
それと、希様が下を向いてしまっては、この景色を楽しめないの
ではないかと思いましてね。」
 
この景色とは一体どんな景色なんだろう・・・
今まで歩いてきた所は周りが岩だらけの岩山に近い所だった。
楽しめる程の景色が自分の前に広がっているなら見てみたい。
そう思って俺が顔を上げると、目前には薄紫色の綺麗な
花が咲き乱れていた。
 
丁度、俺が持っているあの首飾りのような、とても綺麗な色だ。
 
「すごく綺麗!!でも、どうしてここだけ・・・?」
 
「ほんの何日か前までは、ここも今まで通って来た道のように
岩以外、何もない場所だったんだよ・・・
それが、今ではこんなにも美しい花が咲き乱れている。
これが、どういう事かわかるかい?」
 
優しい声音でシャナが俺に質問をし返してくるが、
俺には分からない・・・一体どういう事なんだろう・・・
本当に、ほんの何日かでこんな美しい景色が現れたんだとしたら、
それはまさに奇跡・・・
 
「分からないって顔をしているね・・・
ここはね、希・・・お前がこの国に現れた夜から変化し始めた
場所なんだよ。そして、その変化は今だ続いている。」

つまり、俺が現れなければ、目の前に広がる美しい光景は、
この世に存在しなかった事になるというのだろうか・・・
たった一人、自分が現れなかっただけで・・・
 
「この花は、ただ美しいだけではないんだよ。
本来ならはこんなに群生する事は有り得ない。
とても希少価値の高いもので、しかもいろんな病に効く。
これで薬を作れば、これから寒くなる季節に、
はやり病で命を落とす者が極端に減るんだ・・・」
 
”はやり病”、”命を落とすものが極端に減る”
その言葉に俺は後ろを振り返り、シャナを見つめた。
 
「それじゃあ・・・寒い時期は命を落とす人が沢山いるんですか?」
 
シャナは無言で頷く。

 「しかし、この花がこれだけあれば、もうそんな事は
なくなるだろう。希・・・本当に感謝しているんだ・・・
この世界に、この国に、俺の元にお前がやってきた事を・・・」
 
その言葉に続くように、後方から声がする。
 
「希様、我らが王の前に現れ、希望を運んで来て下さった事、
私たちも、心から感謝いたしております。」
 
シャナが馬の手綱を片方だけ強く引っ張って馬の身体を反転
させると、今まで微動だにしなかった護衛の人達や、
ハウエルという人、そしてユリもが馬を降り、俺の目の前で
膝をついて頭を下げていた。
 
その光景に俺はギョッとしてしまい、「やめてください」
と言おうとした瞬間、後ろから強い風が一吹きし、
その風に乗って花びらが舞い上がり、この場にいる全員に
降り注いだ。それはまるで一枚の絵画のような光景で、
俺はその美しさに思わず言葉を失っていた。
 
 
 
 
 
帰り道の途中、もしかしたら、その病とは俺が思っている以上
に多くの被害をもたらしているものなのではないかと考えた。
でなければ、あんな風に膝をついてまで俺に頭を下げるなんて信じられない。

(思えばこの世界は決して化学的な意味での文明が栄えているわけではなさそうだ。 
きっと医術なんかも発達していない。だからこそ栄華の存在が大きいのではないだろうか?)

 もしそうだとして、俺が来たことでその被害が収まるなら
本当に嬉しい事だと思った。
それと同時に、やはり何もしないわけにはいかないと思っていた。
 
そんな風に考えていると、ノックもなく扉が開かれた。
 
「今日は疲れただろう?ずっと部屋に閉じこもっていたのに
急に外に出て、随分と馬にも揺られたからな。」
 
「いいえ・・・とても楽しかったです。自分がここに来た価値が
あったんだと思って嬉しかったし、
この国の事をもっと知りたいと思いました。」
 
「この国の事を?」
 
言いながらシャナはソファに座っている俺の隣に腰を下ろす。
そして優しく頬に触れてくる。
その手はいつも少し冷たいのだが、何故か俺はいつも
熱いと感じてしまう。
 
「ええ・・・この国に住んでいる人達の事や、
この国に存在しているものの全てをこの目で見てみたいです。」
 
「そうか・・・民もお前の姿を見られれば嬉しいだろう。
今日は街とは逆の、人がいない方に向かったからな・・・
今度は街のほうに行こう。
さぁ、もう寝なさい。急に身体を動かした後は、自分が思って
いるより疲労しているものなんだよ。」
 
「はい・・・」
 
ベットに移動した俺は、シャナの言う通り疲れていたようで、
シャナが何か言ってるのが聞こえた気がしたのに、直ぐに
眠りに落ちてしまった。
 
 
「・・・この国に存在しているものの全てを見ても、
お前は俺から離れて行かないだろうか・・・
この国に存在している、この私の全てを知っても・・・」





 
novel index
top