僕の名前は館川雅樹(たてかわまさき)
彼の名前は平伊竜矢(ひらいたつや)
僕と彼がお付き合いを始めて一か月が経とうとしています。
告白されたあの日から、この関係は飽きられるまでものだって自分に言い聞かせています。
だって、平伊は格好いいし、スポーツも出来る。
それに比べて僕は勉強しか出来ない。
でも、テストの順位で彼に勝てなかった今じゃ、勉強にも自信がない。
正直、彼と居るのが辛い。
彼は僕の事を観音様なんていうけど、全然違う。
僕は、綺麗な感情ばかりで生きているわけじゃない。
「館川、どうした?飯食わねぇのか?」
今は昼休み。僕たちは昼食をこの屋上で食べるのが日課になっている。
なかなか箸の進まない僕の顔を、平伊が覗き込んできた。
「あ、ううん、ちょっと考え事をしてただけ。食べるよ。」
「そうか・・・ちゃんと食えよ?館川は小食だから心配だ。」
そう言って、平伊は僕の頭をくしゃりと撫でた。
平伊は何かにつけてこうして僕の頭を撫でてくる。
困った事に、僕は平伊のこの手が意外と好きなんだ。
大きくて、サラサラして、少し体温の低いこの手で撫でられると、もやもやした気持ちが
風でも吹いたかのように流れていってしまう。
こうして撫でられるようになってから、彼の事を恐いという気持ちは、ほとんどなくなっていた。
恐いという気持ちより、僕が彼に見合うだけの人間ではないという気持ちが大きくなっている。
「相変わらず髪がさらさらだな。撫でてると気持ちいい。」
そう言って平伊はふいに優しい顔をする。
やっぱり、僕は彼と一緒には居られない。だって、彼はこんなにも・・・
昼休みが終わり、平伊のクラスは科学で教室移動があるので別々に教室に戻った。
平伊は最近授業を真面目に受けているらしい。
教室に戻る途中、僕の方を見てしゃべっている二人組に気がついた。
「しかし、なんで平伊はあんな真面目くんなんかとつるんでるんだろうなぁ」
「正直、釣り合ってないよな。」
彼らは僕に聞こえようとお構いなしで話を続ける。
いや、実際にはわざと聞こえるように言っているのかも知れない。
平伊は人を引き付ける何かを持っている。そこに居るだけで空気が変わる程の存在感がある。
僕のように居ても居なくても変わらないような人間とは大違いだ。
「気にしなぁーい!」
呑気な声が聞こえて来たと思ったら同じクラスの相田だった。
「あいつら自分が平伊に相手にしてもらえないからって、お前の事やっかんでるんだよ。」
相田は最初こそ平伊に連れて行かれた僕を見て見ぬふりをしていたが、
その後“俺友達甲斐のない最低なやつだよな。ごめん。”なんて言って謝って来てくれた。
本当は素直でいい奴なんだ。
怪我ひとつしていない僕を不思議に思っていたので、相田だけには告白された事を話した。
てっきり驚くとか疑うとかすると思っていた僕は、
“見る奴が見ればお前に充分価値のある人間なんだって分かるんだよ。平伊は見る目があるんだな。”
なんて言って僕の肩を軽く叩いて行った・・・
相田には他校に彼女がいて、同性愛者なわけではないのに男同士の恋愛に理解があるようだ。
男でも、見目麗しい、いわゆる美少年だったならさっきの人たちも納得してくれたかもしれない。
そう考えると、僕は余計に自信がなくなってくる。
彼と釣り合わないという事実は、どうしてこんなに僕を悲しくさせるのだろう・・・
でも、平伊が僕に飽きたら、もうそんな事で悩まなくていいのだ。
隣に居なければ比べなくても済む。
今までの、平伊が側に居ない、そんな平凡な学校生活に戻るだけだ。
「でもさ、館川は平伊の事どう思ってるんだ?最初は恐くて了承したかもしんないけどさ、
まぁ、嫌そうなら見てれば分かるんだけど、どうもそんな感じしないしな。」
「え?」
「なんだよ。自分の事だろ?」
「や、僕は、飽きられるまでの辛抱だとは思ってるけど・・・」
「なんだよ、それ・・・」
良く分からない答えが返って来たと思っているのか、相田は腕組をして首をひねった。
「だって、平伊といると辛いんだ。」
本当のことだ。彼といるととても辛い。
「館川っ!!!」
相田は僕の後ろに視線を移して顔面蒼白になっている。
「え、な・・・・・・ぁ・・・・・」
僕の背後には、無表情で立っている平伊の姿があった。
今の会話を聞かれていたんだ。
全身から血の気が引いて行くような気がして、どうしようもなく絶望的な気持ちになっていた。
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