狼と観音様2/後





「俺と居るのが、そんなに嫌だったのか?」

僕は無言で首を振る。

違う。辛いけど、苦しいけど、それは嫌なわけじゃない。

そう言いたいのに、平伊から感じられる怒気に震えて声が出てこない。

「そりゃそうか、お前は賭けに勝った俺の言う事を聞いてただけだもんな。」

違う、違う、そんな顔しないで。

「今まで無理やり付き合わせて悪かったな。」

そう言って背を向けられてしまった。

待って・・・平伊、待ってよ・・・

「待てよ。」

僕の変わりに言葉を発したのは、相田だった。

「あ・・・いだ・・・?」

「短気は損気って言葉知ってるかよ。館川は何か言いたそうだけど?」

強気な言葉を放っている相田だけと、かなりの勇気を出して言っているに違いない。

「先生には俺が上手い事言っておく。だからちゃんと話してこいよ、な?」

「う・・・うん。」

頷いてみたものの、何をどう話せばいいのか分からない。

僕たちの様子をじっと見ていた平伊だったけど、やがてため息をひとつ付き、

“屋上”と一言だけ発してすたすたと歩きだす。

平伊の歩く速さに付いていけなくて、僕は小走りになりながら平伊の後を追っていく。

普段は僕の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれているんだと今更ながらに知る。

飽きられる前に、嫌われてしまっただろうか。

そう考えた瞬間、胸がギュウッと締め付けられ、

平伊とこうして屋上に来るのもこれが最後なのかな。と思ったら、

屋上に着いた瞬間に視界が涙で歪んできた。

それを悟られまいと、いつもより深く頭を下げて俯いた。

「それで、俺に何か言う事があるのか?」

いつもより冷やかな声が僕の鼓膜に届く。

どうせ嫌われるなら、思っている事を伝えてしまおうと決心した僕は、

顔を伏せたまま拳を握りしめた。

「僕、は・・・平伊といると辛いんだ。」

「は?だからもういいって言ってんじゃねぇか。」

「違くて!っその、僕は・・・・平伊に釣り合わないから。
だから、平伊が僕じゃない人に目を向けても仕方ないんだと思う。
飽きられて平伊が離れるまでは側に居られるんだろうと思ってた。
でも、その時が来る事を考えると辛くて・・・」

口に出したら余計に辛くなって、とうとう耐えきれず僕の目から涙が一粒こぼれた。

しまったと思い、急いで涙を拭おうとした瞬間、僕の目の前は真っ黒になった。

目の前にあるのは、平伊の学ランだ。平伊に抱きしめられてる?

「お前、いつもそんな事考えてたのかよ!そんな事言ったら俺だって辛ぇよ。
賭けなんかでお前と付き合えても、本当は心底嫌がられてたらどうしようとか・・・
俺みたいにガラの悪いのと付き合って、お前まで悪く言われたらどうしようとか、
だから俺、最近は真面目に授業受けようと・・・」

「そう・・・だったの?」

「っ・・・それよりお前、俺に抱きしめられて嫌じゃねのかよ。」

そう言えばそうだ。頭を撫でられた事はあってもこんな風に抱きしめられた事なんてなかった。

でも、嫌なんかじゃない。

僕の身長だとちょうど平伊の胸のあたりに耳が付き、心臓の音が良く聞こえる。

少し早い心臓の音は、僕の心を穏やかにしていく。

とても気持ちがよくて、自分でも口角が上がっているのが分かる。

「あぁもう!この状況でそんな風に笑うなんて何されても文句言えねぇからな!」

「え・・・?」

何されるって言うんだろう、なんて思った瞬間に、平伊の唇が俺の唇に重なっていた。

一度離れた唇は、角度を変えて再び重なって来た。

徐々に深くなっていく口付けに、俺は思わず平伊にしがみつく。

「っん・・・っ・・・はぁ・・・ひ、ひら、い」

呼吸の仕方が分からなくて、酸欠になった僕の膝はがくっと崩れた。

平伊はぼくの身体を素早く支えると、

「ああもう!今日はお前もさぼり!そんな声聞いて大人しく授業になんて戻れるかっ!!」

なんて言って僕をいきなり横抱きにして屋上から出て行こうとしたが

いきなりぴたりと立ち止まった。

「・・・止めねぇのかよ?
このままさぼって何するか分かってんの?さっきのキスの続きだぞ。」

さっきのキスの続きと言われればいくら経験のない僕でも何をするか想像はつく。

「い・・・いいよ。僕、平伊に触られるの嫌いじゃない。」

「嫌いじゃないって事は好きなんだな?」

「え?あ、うん、す、好・・・き。」

ああ、そうだ。平伊に触られるのが嫌じゃないって事は、僕は平伊の事が好きなんだ。

なんだ。今までもやもやしてたのが馬鹿みたいだ。

色々悩んだ事は、全部、平伊への気持ちにつながっているんじゃないか・・・

「ふふ・・・」

そう気づいたら何だか気持ちが軽くなって笑いが漏れてしまった。

「なんだよ、何がおかしいんだよ。」

「いや、僕は平伊のことが好きになってたんだなって。」

そう言った瞬間、平伊は僕を抱えたままものすごい勢いで階段を駆け下りていく。

「こうなったら触って触って触りまくってやるからな!!」

なんて言いながら・・・

 

 

 

 

その次の日、相田から“僕と平伊が釣り合わない”と噂していた生徒の存在を知らされた平伊は

その生徒のツラを借りたという・・・

(あの日以来相田と平伊はたまに話をするようになった。お目付役に抜擢されたらしい。)

出来れば危ない事をして欲しくない僕は、もう喧嘩はしないでとお願いした。

その様子を見ていた相田は僕の事を“観音様は猛獣使いでもあるんだな。”なんて言って笑っていた。
 



 
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